四季候委員3
叙情ヶ崎さんの後ろにくっついて行くとホールに併設された小さな公園に案内された。
少し遅れて二束旅さんも到着する。
「お二方、お待たせしました。さあ四季候委員の活動の始まりです。張り切って行きましょう」
叙情ヶ崎さんが全く表情を変えずにそう言った。
「あの何をすれば良いんですかね...」
ぼくは当然の疑問をぶつけた。
先輩もうんうんと頷く。
「木々を見てください。いえ草花を、鳥を、日差しを、季節を感じてみてください。先程も言ったように今は処暑、七十二節気の『禾乃登』実りを感じましょう」
実りを感じればいいらしい。
わかんねえよ。
「もっと具体的にお願いしますよ...」
「これが最大限です」
「えぇ...」
「しずかに。ほら二束旅」
「うん」
叙情ヶ崎さんに促された二束旅さん、彼女は周囲をスッと見回す。
そして何かを見つけたようにしてつぶやく。
「処暑、萩開きて見惚れる」
さらに彼女は続けた。
「処暑、小蝉止みはじめ」
「処暑、黄色帽子が列をなし」
「処暑、むらさきの藤袴」
...。
「うん。二束旅。いいよ」
「うい」
「お二方、私達の活動、こんな感じです」
そう委員長が僕らを見つめて呟いた。
その瞳は僕らをというよりも既に彼女に流れ込んでくる季節しか目に入っていないようで、どこか遠くを見ているようでもあった。
「難しく考えることは無いですからネ。ただ見たもの、思ったことを言うだけです。あ、でも語感だけは気持ちいいほうが良いですネ」
「さあお二人、活動を始めますよ」
僕と先輩は何も言わずにただ頷いて周囲を見回すように促される。
言わずにというよりも言えずに、だ。
それは別に二束旅さんの放った言葉に風情を感じたとか、素晴らしいなあとか思った、わけじゃなくて、ただ、
『思ったより真面目だッ』
だったから。
まずい何も思い浮かばん。
電子媒体に釘付けになって生きてきた僕に、この世界を美しい言葉で表現するのは余りにも高難易度!
先輩の言った通り感性を実家に置いてきたのかもしれない!実家どころか母体に置いてきたまである。
そもそも思っても言うのもなんだか小っ恥ずかしい!
どうしようか体験入部と言ってしまったからには参加するしか無いわけだし。
「処暑、轍の後で膜翅の囀り」
いやぁぁぁあ何か始まってるし!フルスロットルだよ委員長さん!轍って何?膜翅ってどこ?幕下力士しかしらねえよ!
いや、まてまずはアレだ、様子見だ。二人がどんな事を言うかに集中しろ!別に順番にってわけじゃない!
「言い忘れましたけど順番で一個ずつお願いしますネ」
処暑に仏はいねえのか?
いや、でもまだだ。まだ希望がある。順番にということは、ランダムに言って良いというわけではないはず、叙情ヶ崎さんを始点に時計回りか反時計回り、この立ち位置的に次は必ず僕か先輩が言うことになるはずだ。ここで口を噤めば順番は先輩に向かうはず、例え先輩が同じ思考を巡らせていたとしても「先輩どうぞ」と僕が先に言えば良い。てなわけで先手必勝。先輩すみません。
「処暑、穂垂るるキツネの短い尾」
言えるのかあぁぁああ!
迷えよ!もっと!少しは戸惑えよ!模糊逡巡で破竹の勢いで言うじゃん!才能あるんだね羨ましっ!
「処暑、あきつセキレイ飛ぶ蜻蛉」
ついに、いや速攻で僕の番だ。
「さあ、どうぞ後輩さん」
「......、え、え~」
三人の目線が僕に集まるのがわかる。さっきまで目線外しまくっていた委員らなのにガンガンこっちに視線をぶち刺してくる。
「......、え、え~、しょ、処暑、風涼しくなり、がち」
「がち」ってなんだ!?
すずし、とかで良かったじゃん。
「涼しくなりがち」って何?ちょっと古語とか俳句っぽくしようと、せめてもの抵抗でカッコつけようとした自分が愚かだったよ!むり~もうむり~、殺してくれ~いま、殺してくれ~頼む~。
せめて笑ってくれ~、先輩は笑ってくれ~。うっとり季節を感じないでいてくれよ~。
「...涼しくなりがち」
呟かないで二束旅さん。一番恥ずかしいとこ切り抜かないで。
「ふふ...」
笑わないでくれ叙情ヶ崎さん、笑ってくれと思ったけどやっぱりやめてください。
もう恥ずかしい。全身全霊で恥ずかしい。小学生の頃先生をお母さんって言ったときくらい恥ずかしい。
スパァン
なんで叙情ヶ崎のこと叩いたの二束旅さ~ん?
そのやり取りなんなのさっきから。
「いや~、二人とも良いと思いますよわたくしはネ。でもやっぱりいきなりは難しかったですよネ」
天使だ~、二束旅さんって天使だったんだ。
「そう?私は全然行けるけど?」
てめえは黙ってろまな板女ぁ!こんなに心優しい人の労りを無下にするんじゃねえ!板割るぞ!
「ふふ...じゃ、じゃあこうしましょ。うちら二人はいつものペースでやりますので、思いついたら割り込んでもらうって形式にしましょうか」
「ん~、わかった。じゃあそれでいきましょ。私はいつでもOKだし」
なんとか助かったようだ...。もういいや今日は...。こんなに疲れるとは思っていなかった。季節を愛でる、何ていうから散歩でもするものかと思ったら、まさかの即興ポエム発表会。こんなのどれだけ心臓が強くてもポンポン言えるわけがない。二人と一枚の才能が恐ろしく感じてしまう。
こなすことを考えている今も委員の二人はポンポンとポエムを捻り出している。
「処暑、空薄く雲は濃く」
と叙情ヶ崎さん。
「処暑、吹きすさぶは小麦色」
と二束旅さん。
「処暑、虚黒く」
とまな板。
三人はしばらくポエムラリーを続けていたがとうとうまな板もギブアップが近いらしく考える時間が増えてきた。そして遂には黙りこくって俯いてしまった。
「処暑、遠く音が響きやすし」
「処暑、夜長前の熱」
「処暑、透けゆく白」
「処暑、蟻地獄が指の先」
「処暑、列車の源枕木に」
「雨水、未だ蓮根固し」
ん?
「雨水、五月雨覗きしミツバチの」
「あ、あのすみません」
「「はい?」」
「今の、雨水っていうのは?」
「別の季節の二十四節季でも構いませんネ。思ったことを口にすれば」
「ああ、そうですか」
「秋分、長雨響きし屋根瓦」
「立夏、傍若無人」
「白露、みすみす逃しは巨大魚なりか」
「立冬、吹雪ふぶくは岐阜北部」
「雨水、飲みかけ更科ハクビシン」
「立春、エリンギ咲き乱れ」
「冬至、ジャングルジムまじ遠し」
「啓蟄、たじろぎサカ◯クション」
「秋分、ル◯ア爆誕」
「立春、色白パワー扇風機」
「立春、エビフライバーサーカー」
「トッポギ、まじうまい」
「激レア、ボルメテウス武◯ドラゴン」
「お前ら、クソ適当やってんだろ」
「や、...やってないですよぅ、うちら真面目にやってますから...ふふっ」
「そうですよネ、ふふ、マジで真面目にやってますからネ」
委員の二人は笑いを限界まで堪えているようで、今にも決壊しそうになっている。
「絶対嘘だろ」
「立春、犬猫Max発情」
「なんだよMaxって」
「魔人ブ◯、純粋悪」
「もただのキャラクターじゃねえか!」
「.......っぶははは!」
僕がそう突っ込んだとこで叙情ヶ崎さんのダムが決壊した。