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妖精は子供にだけ見える~大学生バイト探偵のファンタジック事件簿1

作者: Yuki-N

 その依頼電話を取ったのは僕だ。

 佐伯真理子という女性からで、依頼内容は、娘の彩奈の願い、家から出て行った妖精を探すこと。なお、妖精は大人の目には見えないらしい。

 笑いごとではない。真理子は彩奈の継母で、5歳の彩奈と仲良くなりたくて必死なのだ。その思いは電話越しでも伝わってきたし、事務所で直接会ってさらにはっきりと感じられた。

 それに、事務所についてきた彩奈が妖精について語る表情は真剣そのもので、真理子の何とかしてあげたいという気持ちも理解できた。電話で真理子が依頼したのはもちろん本当に探し出すことではない。プロの探偵が本気で探したけれど見つからなかったといって、継娘に納得してもらうことだった。

 所長は、

「堀尾、十九歳のオコチャマのお前がやれ」

 と言って、僕を担当にした。まあ、探偵というより子守りに近い。翌日から僕は、彩奈が幼稚園から戻った後に一緒に妖精探しをすることになった。


 初日。家の門を出るとすぐに彩奈は言った。

「堀尾さん、妖精なんて信じてないでしょ」

 機先を制されて僕がもごもごしていると、彩奈は続けた。

「でも、子供にだけはちゃんと見えるんだよ」

「僕は大人だから見えないかな」

「そうじゃなくて。子供にだけ見えるの。さ、探そ」

 日が暮れてくるまでの三時間ほど、僕らは町中を歩き回った。公園や緑道、狭い路地や菓子店、そんなところだ。途中、ブランコと緑道のベンチで休憩。五時前に家に送り届けて任務終了となった。

 翌日もだいたい同じ経過を辿った。別の公園になったり、菓子店がスーパーになったりしたくらいだ。

 翌々日も大差なし。

 その次の日も。

 そうするうち、僕らは仲良くなった。彩奈は聞き上手だった。歩きながら喋るうち、僕が大学生であること、父親を早くに亡くし奨学金では足りなくてバイトを掛け持ちしていること、母親のことは大事に思っているのにうまくいっていないこと、何をやっても自信が持てないことなど、洗いざらい話していた。

 契約の7日間はあっという間に過ぎた。

 結局、妖精は見つからなかった。当たり前なのに、少しガッカリしている自分がいた。もちろん彩奈もだ。傷心の彩奈の手を引いて、彼女の家へと帰る。真理子が彩奈の好きな林檎タルトを焼いて待っている手はずだ。

 日が暮れようとしている。誰そ彼時になり、空は茜に黒味が増し、目くらましの粒子が噴霧されたように何もかもが滲む。

 僕たちは佐伯家の大きな家の前まで来る。門扉を開けて敷地へと入る。

 玄関までの数メートル、飛び石のアプローチが、すうっと陰っていく。日蝕が起きたかのように闇が落ちる。

 僕らの行く先、何かぼんやりと発光しているものがある。ゆらゆらと揺れている。

 まさか、妖精――?

 光は緩やかに縦に伸び始めた。見る間に人の形を成していく。大人の男のようだ。

「父さん……」

 すぐに分かった。亡くなったはずの父がいた。

 これはいったい何の幻だ?

 僕は後ずさろうとして気づく。

 手を繋いでいたはずの彩奈がいなかった。

「彩奈ちゃん!」

 周囲は完全な闇だ。僕の呼びかけは全部吸収されてしまう。

 父さんらしき光の姿が、心配そうに揺らぐ。

「おまえは誰だ? 彩奈ちゃんをどこへやった?」

 父さんは僕にゆっくりと歩み寄ってくる。敵意は感じられない。いやそれどころか、心が暖かくなる。僕はもう抵抗できない。

 父さんがそのまま目の前までやって来て、僕をハグする。包み込む。僕は光に満たされる――。

 それは忘れていた数多の記憶の渦だった。幼い頃、父と母といた頃の。僕が生まれてすぐ、覚えているはずのないような時期から、父が亡くなるまでの。僕たち家族は確かにそこにいた。

 父が病を得て次第に衰え亡くなっていくまでの日々、母は嘆き悲しみ、でも僕の前ではいつも明るく優しく振る舞った。この頃、母はまだ三〇になったばかりだ。今の僕の目線でみれば、母がどれほど頑張っていたのかが分かる。僕が今の年齢だったなら、父にも母にも、もっと何かしてあげられたのに。いや、母はまだ生きている。母には、してあげられる。

 何分くらいそうしていたのか分からない。やがて僕の記憶は静かに収束し退場していく。気が付けば父さんの光の姿はなく、最初のように、少し離れてぼんやりした光の塊が漂うだけだった。

「あなたは誰だ?」

 僕は光に尋ねた。

 光は笑うように少し揺れ、消えた。それとともに僕を包んでいた闇が晴れ、さっきの誰そ彼時に戻る。僕は彩奈とちゃんと手を繋いでいた。

「堀尾さん、妖精に会えたのね?」

「彩奈ちゃんも?」

 彼女は頷くと言った。

「死んだママの妖精。新しいママに悪いからバイバイしたんだけど、最後にもう一度、ありがとうって言いたかったの」

「ちゃんと言えた?」

「言えたよ」

 彩奈が弾むように答えた時、玄関のドアが開いた。真理子ママの姿と一緒に、林檎タルトの香りが漂ってきた。

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