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魔道具の三日月堂シリーズ

ここで帰れば、私はシンデレラ?

作者: 内田縫

扉がゆっくりと開いていく。

その奥の薄暗い空間から、女の声が響いてくる。


――魔道具の三日月堂へようこそ。私は店主のクロエです。


当店は絶大な力を持った魔道具を数多く取り揃えています。

あらゆる奇跡を起こすことから、私のことを『三日月の魔女』クロエ・アナと呼ぶ方もいらっしゃるそうで。


例えばどんな商品があるのかって?


それでは、こちらの魔道具をご覧ください。


……キレイになりたい。


女性なら誰しも一度は願うことでしょう。

それでも、美は簡単に手に入るものではありません。

生まれもった容姿も大切ですが、美しくなるにはとにかくお金がかかるものです。


ですが、たった1日だけでも、理想の自分になれる魔法の道具があったとしたら、あなたならどうしますか?


参考までに、あるエピソードをご紹介しましょう……。



**********



伯爵令嬢エレナの真面目さは、前世からのものだった。


前世での名前は優子。


その名前の通り彼女は誰に対しても優しく接してきたし、何をされても怒ることも争うこともなかった。


本当は東京の大学に行きたかったが『女が大学なんか行ったら婚期を逃す』と親に反対されて、高校卒業後は親に言われるがまま地元の役場に就職した。


社会人になってからも門限は厳しく、毎日9時には家に帰っていた。


友人は少なく、浮いた話もなかった。

このままそのうち親が決めた相手とお見合い結婚するのだろうと思っていた22歳の夜、優子は初めて門限を破った。初めてのデートだった。


相手は優子より3つ年上の男。

役場に出入りする配送業者だった。


「もう、帰らないと……」


「でも今から帰っても、どうせ怒られるんだろ?」


「そうだけど……」


「だったら、今から俺に連れ去られてみないか?」


あとになってみれば歯の浮くようなクサい台詞だったが、その時の優子はただ黙ってうなずき、男のバイクの後ろに乗った。


そうは言っても、駆け落ちしたわけではない。

2人で朝日を見ると、男は優子を自宅まで送り届けた。


「連れ去ったのは俺だから、俺が怒られるよ」


男はそう言って優子の自宅に上がり込み、両親に挨拶と謝罪をした。

両親は怒り狂ったが、男は堂々とした態度を崩すことなく、最後には両親も2人の交際を認めることになった。


「何があっても、俺が君を守るから」


それが男から優子へのプロポーズだった。


そして2人は月並みだが平穏で幸福な人生を送った。

先に旅立ったのは男の方だった。


「あなたのおかげで、私はずっと幸せでしたよ……」


男の手を握って優子がそう言うと、彼は微笑みをたたえたまま目を閉じた。

その数年後、優子も穏やかに息を引き取った。


そして、優子は伯爵令嬢エレナに生まれ変わったのだった。



**********



「これじゃまるで、シンデレラね……」


前世の記憶を持ったまま16歳になった伯爵令嬢エレナは、洗濯物をこすりながらそうつぶやいた。

その傍らには、大量の衣類が山積みになっている。


エレナが生まれたのはウィットフォード伯爵家。

母はエレナを産んですぐに死んだ。

父も5年前に亡くなり、今は継母(ままはは)が当主を務めている。


継母にはエレナと同い年の連れ子がいた。

名前はアナベル。


父が亡くなってからはアナベルばかりが可愛がられ、エレナは使用人同然の暮らしをさせられていた。


「こんな家は、さっさと出ていくに限るわ……」


エレナには、ヘソクリがあった。


夜な夜な()んだセーターやマフラーなどを、買い出しのついでに街の市場で売って得た金だ。

編み物は前世からの彼女の趣味だった。


この世界にはない斬新なデザインの作品は予想外の高値で売れ、エレナのヘソクリはそれなりの額になった。


――もっと暖かくなったら、家を出てもいいかもしれないわね。


大陸の北方に位置するこの地域にも雪解けの季節がやってきていたが、まだ朝晩は冷え込むし、ぬかるんだ道は歩きにくく危険を伴う。


それでも、もう少しの辛抱だ。


そんな時だった。


「お母様、わたくしに新しいドレスを買ってくださいまし!」


洗い場の脇の小道を歩くアナベルの声が、エレナにも聞こえてきた。

その隣を歩く継母が、呆れたようにため息をつく。


「何を言っているの。この間も買ってあげたばかりでしょう」


「だって、あれは着てみたらイメージと違ったんですもの」


「ワガママ言うんじゃありません。我が家にそんなお金はありませんよ」


「あら、お母様。ワガママなんかではありませんわ」


「……どういうことかしら?」


首をかしげる継母に、アナベルは得意げに答える。


「今度、第一王子殿下が帰ってくるそうよ。それを祝って開催される舞踏会には、王国中の貴族令嬢が招待されるんですって。第一王子殿下の婚約者を決めるために。しっかり着飾って見初められれば、わたくしは未来の王妃様なのよ?」


継母はニンマリと笑って言う。


「そういうことなら、()()()()を使いましょうね」



**********



嫌な予感がして、エレナは自室に走った。


継母が口にした『あのお金』とはヘソクリのことに違いない。

これまでコツコツ貯めてきた独立資金だ。奪われるわけにはいかない。


継母はこれまでもエレナに断りなく部屋に入ってきたし、両親の形見だったアクセサリーや宝石類もすべて勝手に売り払われてしまった。


ヘソクリはクローゼットの屋根裏に隠していたが、これにも気付いていたということだろう。

エレナはヘソクリをかき集めると大急ぎで鞄に詰め込んだ。


――少し時期は早いけど、今すぐ家を出るしかないわ。


鞄を抱えたエレナが自室のドアノブに手を伸ばすと、手が触れる前にドアは開き、その隙間から背の高い継母が見下ろすように立っていた。


「ちょうどよかったわ、エレナ。それを渡しなさい」


「――――じょ、冗談じゃ……!」


エレナが言い終わる前に、頬に衝撃を受けて吹き飛ばされた。

継母が突然、平手打ちを放ったのだった。


床に転がったエレナは、鞄に覆いかぶさった。

その背中を継母は鞭で叩いた。


「ああッ!」


エレナが悲鳴を上げても継母は無言で、何度も鞭をふるった。

その度にエレナの粗末な服は引き裂かれてさらにボロボロになり、皮膚も破けて血が噴き出した。


抵抗する力を失ったエレナから鞄をむしり取った継母は、冷たく言い放った。


「これは、あなたには無用の長物。わたくしが当主としてきちんと有効活用して差し上げます。感謝するのですね」



**********



数日後、エレナが床を拭いていると、アナベルが小走りで通り過ぎていった。


「見てくださいまし、お母様!」


声を弾ませて、アナベルはドレスの裾を広げた。


細かい刺繍が施されたピンクのドレスは、いたるところに宝石(ビジュー)があしらわれていて、アナベルが動く度にキラキラと光を反射した。


「大切に着るのですよ。250万ゴルもしたのですから」


250万ゴル。


エレナが奪われたヘソクリと同額だ。

1年は働かなくても充分に暮らしていける金額。

それがすべてアナベルのドレスに変わってしまった。


「うふふ、舞踏会が待ち遠しいですわ!」


そう言ってアナベルはその場でくるりと回転した。

ドレスの裾がふわりと膨らむ。


エレナは歯を食いしばって床をボロ切れで磨いた。

そのボロ切れは、つい先日、継母に鞭で叩かれて引き裂かれた服の切れ端だった。


ヘソクリを奪われたその日に、エレナは一文無しでも構わないから今すぐこの家を飛び出そうと思った。


しかし、それを察知した継母はエレナに無理やり魔道具の首輪をつけた。

許可なく外したり、相手の言いつけを破ったりすると死んでしまうという。


『あなたも貴族の端くれ。勝手に家を出ることは許しません。この家を支えるために、まだまだ働いてもらいますよ』


継母は手にした鞭をしならせてそう言った。


もうこの家から逃げ出すことはできない。

エレナが床を拭く度に、悔し涙がこぼれ落ちた。



**********



思い返してみれば、エレナは前世もこう(・・)だった。


高校を出て就職した役場からの給料は、親に管理されていた。

通帳もカードも取り上げられ、自分では引き出せなかった。


『あなたの結婚資金としてちゃんと貯めておいてあげるから』


そう言われて毎月わずかな小遣いだけを渡されてきたが、実際に結婚が決まってからも金は1円も返ってこなかった。


『あなたの通帳、どこに仕舞ったのかしらねえ』


そうやってトボける母と何も言わない父に、夫は激昂した。

力づくで家中のタンスや押し入れの中身をひっくり返し、半日かけて優子の通帳を見つけ出した。残高はゼロに等しかった。


窃盗として訴訟も考えたが、最終的には関わり合うだけ時間の無駄だと判断して実家とは縁を切った。


――前世では、あの人に守られてばかりだったわね……。


エレナは前世での夫に想いを馳せたが、もう彼はいない。

自分がしっかりしなければ。


今日は舞踏会が開催される日。


継母もアナベルも、朝早くに家を出ていった。

この家から逃げ出す絶好のチャンスだ。

だが逃げ出せば、首の魔道具によって死んでしまうらしい。


「……はあ。一体どうしたらいいのかしら」


エレナがため息をついて何気なく自分の部屋のドアを開けると異様な光景が広がっていた。


自分の部屋が、自分の部屋ではない。


薄暗い空間に、奇妙な品々がひしめき合っている。

何かの動物の剥製や、虹色に輝く液体が入った瓶、気味の悪い文様が彫られた壺。


その奥から、若い女の声が聞こえてきた。


「魔道具の三日月堂へようこそ。私は店主のクロエです」



**********



「この魔道具の力で、あなたの部屋と当店をつないだのです」


そう言ってクロエは、右手の人差し指に輝く指輪を見せた。


「こちらはリンクリング。これを装着した指で触れれば、ドアや窓や門などの出入り口をどこでも好きな場所につなげることができます」


「……便利ね」


「まだ在庫はありますよ。ちなみにお値段は……」


クロエがエレナに提示した金額は、途方もないものだった。

とてもではないが手が出せる代物ではない。


「残念だけど、そんなお金はないわ。そもそも今の私は素寒貧(すかんぴん)なの。何もかも盗られちゃったんだから。その指輪どころか、どんなに安い商品も買えないのよ」


「ならば、現物での取引も可能ですよ」


「現物……?」


エレナは首をかしげた。

その首に、クロエは指先を向けて言った。


「ええ。その首輪は、服従の首輪。そちらを買い取らせて頂ければ、リンクリングは無理でも、何かしらの商品はお渡しできますよ」


「でも、これは外すことが……」


「できますよ。ずいぶん昔に私が作った魔道具ですから」


クロエはそう言いながら手を伸ばすと、こともなげにエレナの首輪を外した。

エレナは目を丸くして、自分の首を手でさすった。


「ありがとう……!」


「いいえ。では、これのかわりにどんな魔道具をお求めになりますか?」


「……これを外してくれただけで充分よ。おかげで私もこの家を出て自由になれる。それだけで胸がいっぱいで、欲しい魔道具なんて思いつかないわ」


「では、こちらの魔道具はいかがでしょう?」


クロエは棚に置いてあった小さな箱を手にとり上蓋を開けた。

中には宝石が散りばめられたティアラが入っている。


「これは、仮初(かりそめ)のティアラ」


「仮初の、ティアラ……?」


「はい。これを頭に乗せれば、理想の姿に変身することができます。ドレスも靴もアクセサリーもヘアメイクも、たちどころに最高品質のものが手に入るのです」


「でも、私はこんなものをつけたって……」


「今日は舞踏会なのでしょう? どうせ家を出るのなら、最後くらい貴族らしく華やかなパーティーにでも出てみては?」


そう言ってクロエは、ティアラが入った箱をエレナに手渡す。

困惑しながらもエレナはそれを受け取ると、小さくうなずいてから顔を上げた。


「そうね……それも、悪くはないかもしれないわね」


「ですが、お気をつけて。仮初のティアラの効果は夜の12時まで。その時間になると、元の姿に戻ってしまいますからね」


「なるほど……まるっきり、シンデレラそのものってわけね」


自嘲気味に微笑みを浮かべると、エレナは三日月堂の扉に手をかけた。


この扉は、先ほどまでいたウィットフォード伯爵家の屋敷に通じているはずだ。

クロエがつけている魔道具、リンクリングの力によって。


ふいに、エレナはクロエの方を振り返って尋ねる。


「そういえばこのお店って、お金だけじゃなく現物で買い物できるのよね?」



**********



エレナが舞踏会の会場に現れると、集まっていた人々は騒然となった。


「美しい……! 彼女は一体どちらのご令嬢なのだ……?」

「我が国にこれほどの美女がいたなんて……」

「光り輝いて見えるとは、こういうことか……!」


エレナのドレスは珊瑚礁の海を思わせるエメラルドグリーン。

エキゾチックな金の刺繍が、砂漠の国の王女のような気品を醸し出している。

胸元には真珠のネックレス。イヤリングも大粒の真珠だ。

頭の上には仮初のティアラが輝いている。


エレナの前方にいた人々が、どよめきながら道を開ける。

海が割れていくように、人だかりが真っ二つになっていく。

背筋を伸ばして、エレナはそこを歩いていく。


その先には、たくさんの貴族令嬢が集まっていた。

この夜の主役である第一王子に、こぞって挨拶をしているところだった。

その輪の一番端にいたピンクのドレスの令嬢が、振り向く。


「な、何よ、あの子……!」


それはエレナの義妹、アナベルだった。

エレナの金を盗んで買ったドレスは、エレナと比べてずいぶんと子供っぽい。

それを自覚してか、アナベルは自分のドレスとエレナのドレスを見比べて歯ぎしりをした。


「お母様、あの子はどちらのご令嬢ですの……?」

「わ、わかりません……!」


アナベルも継母も、それがエレナだとは気付かずに顔をしかめている。

エレナが歩いていくと、他の令嬢たちが自然と道を開ける。


「ちょ、ちょっと……ッ!」


道を開ける令嬢たちの波に、アナベルと継母が呑まれていく。


「あッ!」


2人とも、その波に押し出されて尻もちをつく。

アナベルも継母も、必死に着飾ってきたドレスや髪が次々と令嬢たちに踏みつけられていく。


「な、何するのよッ! ドレスが破けちゃうじゃないッ!」

「おどきなさい! わ、わたくしは、ウィットフォード伯爵ですよ!」


アナベルと継母のそんな叫びに耳を傾ける者はいなかった。

人の輪の中央で、第一王子とエレナが向かい合っただけで大きな歓声が上がったからだ。


すると音楽はボリュームを上げ、軽快なワルツへと変わった。


第一王子は戸惑いの表情を見せてから、目の前のエレナに手を差し伸べる。


「……私と、踊って頂けますか?」


「ええ、喜んで」


エレナは王子の手を取り、ゆったりと踏み出した。

ワルツなら慣れたものだ。


――前世の老後で、あの人と社交ダンスに通っておいて良かったわ……!



**********



楽しい時間は飛ぶように過ぎていった。


前世を老衰で終えたエレナにとって、見目麗しい第一王子も最初は子供にしか見えなかったが、自分の肉体年齢も若返っているせいか、次第に魅力的な男性に見えるようになっていった。


――こんな気分になるなんて、生まれ変わってから初めてね。


前世の夫に対してほんの少し罪悪感を覚えながらも、エレナはそんな時間も終わりつつあることを忘れていなかった。


エレナの視線の先には壁掛け時計。

その針は、夜12時に差し掛かろうとしている。


その時、王子がふいにつぶやいた。


「こんなことなら、もっと自国にも目を向けるべきだったな」


「……あら、どうしてそうお思いに?」


「そうすれば、もっと早く君に会えたはずだからね」


「……ふふ、お上手ですこと」


「お世辞なんかじゃないさ」


第一王子はエレナの手を取って真剣な眼差しを向けたが、エレナは顔を伏せた。

時計の針は進み、夜12時が迫ってきている。


――ここで帰れば、私はシンデレラになれる?


靴か何かを置き忘れて、王子様に私を見つけてもらう?

それで、私を苦しめる家から救い出してもらう?


……思い返してみれば、前世も私はそうだったわね。


あの人に連れ出されて、あの家から救い出してもらって。

それはそれで幸せだったけど、あの人はもういない。


同じ生き方を、私は繰り返すつもりはないわ。


――私はもう、門限なんか守らない。


「それならどうぞ、本当の私をご覧になって」


エレナは王子から少し離れると、両手を広げてそう言った。

首をかしげて王子はエレナを見つめている。

遠巻きに2人を見守っていた貴族たちも、不思議そうな表情を浮かべている。


時計の針が12時ちょうどを示す。

窓の外から教会の鐘が鳴り響く。


エレナの全身が、淡い光に包まれる。


周囲から驚きの声が上がる。

王子も目を見開く。


エレナを覆っていた光の粒が宙に舞い上がると、そこにはみすぼらしい格好のエレナが立ち尽くしていた。


ツギハギだらけの服、泥だらけで汚れた顔、傷んでボサボサに広がった髪。


「な、なんだ、この汚い女は!」

「一体どこから入り込んできた!」

「さっきの美女はどこに行ったんだ!」


次々とそんな声を上げる周囲の人だかりから、アナベルと継母が歩み出てきた。


「あんた、エレナじゃない……」

「こんなところに、何をしに来たのです……!」


エレナは2人を一瞥すると、すぐに王子に向き直り挨拶(カーテシー)をする。


「私はエレナ・ウィットフォード。伯爵家の娘ではありますが、ご覧の通り、奴隷同然の暮らしをしています。魔法の力で美しく着飾っていましたが、門限を破ってこの有り様です。王子様、今宵は素敵なひとときをありがとうございました」


そのまま立ち去ろうとするエレナを王子が引き留める。


「ま、待ってくれ……!」


エレナは目を伏せて首をふる。


「いいえ、私は失礼させて頂きますわ。あなたとの時間は楽しかったけれど、貴族の暮らしなんてもうたくさん。私はこれから自由の身。この場に留まるつもりはありませんの」


それを聞いて継母が、横から口を挟む。


「どういうことですか、エレナ! 貴族の娘が、家を捨てるというのですか!」


エレナは何も答えず、ツカツカとバルコニーの方へと歩いていく。

歩きながらエレナは右手の人差し指の指輪を掲げて見せる。


「これは、リンクリング。出入り口を好きな場所につなげてしまえる魔道具です」


エレナはそう言ってバルコニーに面した広い窓を開けると、継母の方に振り返る。


「高かったんですよ。伯爵家のお屋敷も領地の権利も、全部なくなってしまうくらいに」


継母とアナベルは、唖然とした表情で声を揃える。


「「……え?」」


エレナは小さくため息をついてから答える。


「ですから、あなたたちの家も財産も、もうないんです。きれいサッパリ。不思議な魔女に現物取引で何もかも売り払ってしまいましたから。あなたたちは()()()()()()()です」


継母は顔面蒼白となり、ゆっくりと横に倒れていく。

それをアナベルが支えようとするが、支えきれず一緒に崩れていく。


「お母様! お母様!?」


エレナはそれを見て「ふ」と笑うと、騒然とする一同に改めてカーテシーをする。


「それでは皆様、ごきげんよう」


「ま、待ってくれ!」


王子がエレナのもとに駆け寄る。

エレナは眉をひそめる。


「ですから王子様。私は貴族の暮らしなんか……」


「わかってる、そうじゃないんだ」


「……?」


「優子……なんだろう?」


「え……あなた?」


エレナの目の前の王子が、前世の夫の姿に重なる。

顔かたちは違うのに、その眼差しや表情の印象はなぜかピタリと一致する。


「やっぱり優子だ! ずっと時間を気にする仕草が、どうもそうじゃないかと思ってたんだ! 俺がこの世界に来たからには君もこの世界にいるかもしれないと思って、今まで世界中を探し回ってたんだよ!」


「ど、どうして……」


「どうしてって? 決まってるじゃないか」


王子――前世の夫が、白い歯を見せて笑う。


「プロポーズの時に言っただろう? 『何があっても俺が君を守る』って」


その言葉を聞いて、エレナの目に涙がにじむ。

それでもエレナは涙をこらえて首をふる。


「嬉しいけど、私はもう、守られて生きるつもりはないのよ」


「……それでも俺は、君といたい」


「貴族の暮らしも家に縛られるのも、もうこりごりだわ」


「……俺も、王族なんて性に合わない」


「そうでしょうね」


エレナは顔を上げて、笑みを浮かべる。

珍しく挑発的な微笑み。

目を丸くする王子に、エレナは言う。


「だったら、今から私に連れ去られてみない?」


王子は「ははっ」と笑い声を漏らすと、エレナの手を取って言った。


「前世とは真逆だな」


「ええ。今世は、私が守ってあげるわ」


そうして2人は手をつないだまま、バルコニーの外の世界へと旅立っていった。

あとに残された者たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。



**********



クロエ・アナが、薄暗い店内で佇んでいる。


――今回ご紹介した魔道具は、いかがでしたでしょうか。


どんなに着飾っても、どんなにみすぼらしい格好でも、その人の本質は変わらないもの。

もしかしたら生まれ変わっても変わらないのかもしれません。


それを見抜いてくれる人と出会う奇跡なんてありえない?


どうでしょうか。


もしかしたら、あなたの近くにいる人が、実はそうなのかもしれませんよ……。


当店では、他にも様々な魔道具をご用意しています。


ですが、あいにく本日はそろそろ閉店のお時間。この他の商品のご紹介は、もし次の機会があればということで。


それでは、またのご来店を心よりお待ちしています……。




読んで頂きありがとうございます。


ジャンルをまたいで、いくつか短編を投稿しています。

タイトルの上にある「魔道具の三日月堂シリーズ」をクリックすれば他の作品を見ることができます。


皆様がどんな作品を好きなのか教えて頂きたいので、もしお気に召しましたら下の★から評価や感想を頂ければ幸いです。



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[一言] 連れ子なら跡継ぎじゃないので、家屋敷を処分する権利は主人公にあるもんね
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