深夜の来客
人型になったベネットと並んで街を歩いている。動作はとても自然で、モンスターだとは到底思えない。
「たくさんの情報を得たのはいいんだけど、あまりに多すぎて整理に時間が掛かりそう。戦闘の技術も身に着けたから、街の外で試したいんだけど、いい?」
「ああ、いいぞ」
門をくぐり街の外に出て、街道をしばらく歩く。空は雲ひとつなく晴れ渡り、斜めからの光が街道に長い影を落としていた。
「こっち、魔獣を見つけた」
ベネットが街道から外れた先へ歩き始めたので、その背中を追った。丈の高い草の茂みをかき分けて進んでいく。
「近くにいる」
ベネットは呟いて、片腕を伸ばした。手から白い糸が溢れ、編み上がるように形を変えいき、やがて一本の剣に変わった。
「この剣も僕の菌糸で再現してみたんだよ」
ベネットが剣の柄を握っているように見える。ブレイドビートルの角を思わせる鋭い輪郭の剣だ。
「ほぉー、すごいな!」
感心して見ていると、茂みの奥で低い唸りが響いた。イノシシ型の魔獣、ファングボアか。比較的大型の個体だな。
ベネットが悠々と近づくと、ファングボア牙を剥き、巨体を揺らして突進してきた。
ベネットは横へ滑るように躱したかと思うと、剣でファングボアの背中を浅く斬り裂いた。足運びも体のひねりも洗練されており、熟練の剣士を彷彿とさせる。
あの場にいた五人の男たちは。重罪人ではあるが、いずれも凄腕ばかりだ。彼らの経験や技術をモノにできたというのなら、今のベネットは恐ろしく強い。
……俺では追いつけないほどに。
突進を躱されたファングボアは、勢い余って通り過ぎるが、突然巨体がずしんと揺れ、力が抜けたように倒れ込んだ。ベネットは楽しげに笑う。
「蛇の毒が効いたみたいだね」
アラグスの毒まで再現したのか。……いや、アラグスの毒は、あんなに大きな相手を一瞬で倒すほど強くはない。毒の効果が強化されている?
ベネットは倒れた獲物へ歩み寄った。リラックスした雰囲気で剣を持ち、静かに一息。次の瞬間、刃は鋭く弧を描いた。
ファングボアの首がズルりと滑り落ちた。
俺が言葉を失っていると、ベネットの剣は菌糸に戻ってファングボアの死体を包み込む。ほどなく菌糸が解かれると巨体は消え失せていた。
そこに残ったのは、血の匂いと、満足げなベネットの笑みだけだった。
これがブラッディマッシュ……。
立ち尽くしていると、ベネットは俺に近寄ってきて、首を傾げた。
「どうかしたの?」
ベネットは俺の頬に手を当てる。思考を読んでいるのか? ベネットの瞳は揺らぎもしない。
「ウィル、僕が怖いの?」
図星を突かれ、胸がわずかに跳ねる。俺は桁違いに強くなったベネットに、恐れを抱いていた。
ベネットは、穏やかな声で続ける。
「僕はウィルのことが大好きなんだ。絶対にウィルを傷つけないって約束するよ。あ、でも少しだけ血は飲ませて欲しいな」
無邪気な笑顔だ。きっとこいつの言葉に嘘はない。
「バカ言え。俺はベテラン冒険者だ。お前なんかにビビるかよ」
「ふふっ、それもそうだね!」
ベネットの楽しそうな声で、俺の体の硬直も緩む。普段の和やかな雰囲気に戻った俺たちは、街に戻っていった。
宿に戻ると、受付にいた女将さんがベネットを見て目を丸くしている。
「ウィルさん、お帰り。おや、その子は?」
しまった、ベネットの説明を考えていなかった。どう取り繕ったものか。
「僕は新人冒険者のベネットと言います。ウィルさんの弟子にしていただきました」
ベネットがにこやかに頭を下げる。随分と話すのが上手くなっているな。大したもんだ。
「そういうことだ。俺と同室でいい、こいつの分も代金払うよ」
俺は咳払いしつつ、カウンターに金を置いた。
「毎度~」
ここは多くの冒険者が立ち入る宿だ。客の素性に余計な詮索をしないってのは、言わば常識だ。女将さんも、それ以上は深く突っ込んではこなかった。
食堂に行き、二人並んでテーブルにつく。料金を払ったので食事は二人分出てきたが、ベネットも人間の食べ物を食べられるのだろうか。
ベネットの様子を見ていると、食べ物をフォークで口に運び、咀嚼し飲み込んでいる。その姿と動作は完全に人間だ。
「食べられるのか?」
「うん。食べられる。それに人間の味覚も得たから、美味しいよ。ウィルの血の方が美味しいけどね」
屈託のない笑顔で答えるベネット。俺は苦笑いで「そうか」と返しておいた。そこへザックがやってきて、どさりと向かいの椅子に座る。
「おう、見ない顔だな? 新人か?」
「はい、新人冒険者のベネットです。以後お見知りおきを」
ベネットは立ち上がって、丁寧に頭を下げた。ザックは気を良くしたらしく、大きく顔をほころばせた。
「ザックだ。よろしくな! よし、一杯奢ってやるよ!」
「待て、今日は仕事してきたから金ならある。俺が奢るよ」
「そうか、ならありがたくご馳走になるか」
借りはすぐに返したい性分なんだ、これで昨日の分はチャラだな。
* * *
部屋に戻ると、ベネットが俺の肩を指でトントンとつつく。
「ウィル、血を飲ませて」
ベネットは俺の首筋に手をそっと当てる。こいつは菌糸の集合体だから、体のどの部分からでも血を吸えると言っていた。細い菌糸を細胞の隙間に忍ばせて、血管を傷つけることなく血を飲んでいるらしい。
触れられている部分が少々くすぐったいが、痛みや出血なんかはない。
幸せそうな顔しやがって……。そんなに俺の血が旨いんだろうか。
「なあ、俺の血をどれだけ吸っているのか知らないけど、俺の体調に変わりは無い。そんなんで足りるのか?」
「お腹いっぱいになるまで血を吸ったら、ウィルが三人はいるよ」
「おいおい……」
「人間だって、生きるために必須じゃない酒やスイーツを摂取するでしょ? それと同じだよ。今の僕は人間と同じものを食べても腹の足しになるし、魔獣や魔蟲でもお腹は膨れる。でもそれだけじゃ物足りないんだ」
俺の血は、こいつにとって嗜好品みたいなもんか。苦笑いで聞いていると、ベネットはそれまでの無邪気な声色から一転、少し慌てたように俺の顔を覗き込んだ。
「もしかして、僕に喰われないか心配してる? ウィルは僕の命の恩人。それに僕はウィルが大好きだから殺さないよ。ただ、毎日少しでいいから血を飲ませて欲しいな」
それなら街の外でも聞いたぞ。俺は物欲しげに見つめる相棒の肩をポンと叩いた、
「何言ってんだ、命を救われたのは俺の方だっての。別に喰いたくなったら、いつでも喰っていいぞ。血だって好きなだけ飲めよ」
「ウィル、照れてるの?」
ベネットは微笑みながら、目を見つめている。俺は目を逸らしてベッドに倒れ込んだ。
「俺はもう寝るからな!」
「おやすみ。僕は寝る必要がないから、見張りをしておくね。きっとお客さんが来ると思うから」
「……ああ、そうだな頼む」
これなら深夜の来客にも対応できそうだ。俺は頼れる相棒に警備を任せて、眠りについたのだった。
* * *
深夜、物音がして目を覚ました。
見ると、ベネットの菌糸に絡まれて、身動きの取れない茶髪ショートの女が床に転がっていた。あの美少女パーティーの一人だな。
最初にあの四人組と行動を共にした時、こいつの動作からアサシンっぽいと思っていた。寝首を掻きに来るなら、こいつしかいないだろうとも思っていた。
「こんばんは。夜這いかな?」
茶髪ショートは無言で目を逸らすので、俺は見下しながら続ける。
「ブラッディマッシュの姿が無くて油断したな? 実はこいつがブラッディマッシュなんだ。人間に擬態できるようになったんだぜ。凄いだろ?」
俺が人型のベネットを指差しながらそう言うと、茶髪ショートの顔に焦燥が浮かぶ。
「だから言ったでしょ? こいつら反省していないし、きっとウィルを殺しに来るって」
ベネットは呆れ顔でぼやく。
「反省してないのは分かっていたさ。でも平謝りしている女の子を殺すのって抵抗があるし」
その言葉を聞いた茶髪ショートは頭を床に擦りつけた。
「ごめんなさい! 今度こそ反省しました。もう二度とあなたに手出ししません!」
またこの女は……。白々しいにもほどがある。
「俺を殺しに来たんだから、殺されても文句は無いよな?」
「そんな……。私で良ければ体でご奉仕させていただきます! どうか命だけはお助けを」
俺がベネットに目配せすると、茶髪ショートを拘束している菌糸を解いた。自由になった茶髪ショートは立ち上がり、服を緩めだした。……なるほど、そのつもりか。
俺はベネットに「頼むぞ」と視線を一瞬送る。ベネットがコクリと頷くのを確認し、俺は茶髪ショートに一歩近づいた。
すると、茶髪ショートはどこに隠し持っていたのか、短剣を抜き放ち俺の喉をめがけて突いた。だが、ベネットの菌糸がそれを止め、茶髪ショートの両手両足を菌糸で絡めとり、床に押し倒した。
なんて鋭い動きだ。攻撃されると分かっていたのに反応できなかった。ベネットが止めてくれなければ、危なかっただろう。こいつが、この手口で何人も殺してきたのは容易に想像がつく。
俺は藻掻く茶髪ショートに背を向け、低く冷たく声を出した。
「次は無いって言った。ベネット、こいつ、喰ってもいいぞ」
静かにベネットの菌糸が茶髪ショートを包み込むと、衣服と短剣を残して、その姿はすぐに消えて無くなった。
眠りを妨げる厄介な客を排除した俺は「やれやれ」と漏らし、再びベッドに横になるのだった。




