おいしい
日が落ちて薄暗くなった森の街道を、街に向かって歩いている。
さっきまで瀕死の重傷だったとは思えないほど、体の調子は良い。あの四人組にボコられる前よりも体が軽いとすら感じる。ベネットの謎治療のおかげかもしれんな。
そんなことを考えながら歩いていると、街の明かりが見えてきた。
俺は足を止めて、ぽよぽよと弾むようにして移動しているベネットを見た。
本職のモンスターテイマーは、テイムしたモンスターを魔物玉という魔道具に収納するので、問題なく街に入れる。だが俺は、魔物玉なんて持ってない。
「どうしようかな、モンスターを連れて街には入れないしなぁ……」
なにか方法はないものかと、頭をかきながら息を吐くと、ベネットはシュルシュルと糸状になった。
「どうするつもりだ?」
糸状になったベネットは、服の隙間から入り込んできて、俺の体に巻き付きついた。ベネットの念話が聞こえる。
「これで、他の人間、分からない、どう?」
へー、菌糸の状態に自在になれるのか。便利な奴だなぁ。服が多少膨らんでいるが、これなら怪しまれずに街に入れるだろう。
そのまま街に近づくと、顔見知の衛兵たちが声を掛けてきた。
「よぉ、ウィル! 服がボロボロじゃねぇか、どうしたんだ?」
「ちょっとヘマしちまってな」
俺が肩をすくめながら返すと、彼らは大きな口を開けて笑った。そのまま俺は素知らぬ顔で門を通り抜け街に入るが、呼び止められたりはしなかった。
どうにか無事に街に戻れた。ホッと息を吐くが、同時に全財産を奪われた怒りも沸々と湧き上がってくる。
あの四人組のことも気になるが、とりあえず腹が減っているから、拠点にしている宿に向かった。
今の所持金はゼロだが、今朝、一週間分の宿代と飯代を前払いしておいたので、あと一週間は宿と飯には困らない。
宿屋に入ると、受付カウンターにいた女将さんに声を掛けられた。
「あら、ウィルさんお帰り。今日は顔色がいいね」
顔色がいいだって? 小娘どもに騙されて気分は最悪だけどな。苦笑いで流して部屋に向かった。
部屋に入ると、ベネットは俺から離れてキノコの形状に戻った。ぽよぽよと跳ねて元気そうだ。
俺は魔法を受けてボロボロになった服を脱いで、体の状態を確認する。傷跡も残らず、綺麗に治っているようだ。
「凄いな。見た目には傷が完治しているみたいだ」
ベネットは飛び跳ねて俺の背中に張り付いた。そして菌糸を触手のように伸ばして、俺の体を探っているようだ。
「ベネットの菌糸、ウィルの細胞、完全に融合した。これからは、怪我しても、すぐ治る」
「融合って……」
多少の不安は感じたが、気持ち悪いとか、嫌な気分にはならなかったので、深く考えないことにした。
服を着替えて「さて、飯に行くか」と呟くと、ベネットは再び菌糸の状態になり俺の体に巻き付いた。
食堂に入り、空いているテーブルについた。酒は追加料金なので今日は我慢だ。食事をしていると、一人の男がテーブルの向かいに座った。
「なぁ、ウィル。最近儲けたんだろ? 一杯奢ってくれよ」
こいつは新人だった頃からの付き合いのザックだ。ちょくちょく俺と共にクエストをこなしたりもする、そこそこの腕前の冒険者だ。
「ザック、聞いてくれよ。今日、女の子パーティに誘われてクエストに付いて行ったら、魔法でボコられて、あり金全部取られちまったよ」
「ウィルらしいな! どうせスケベなことを妄想している隙を突かれたんだろ?」
見ていたかのように言い当てられて、返す言葉もない。顔を引きつらせて固まっていると、ザックは大笑いした。
「しゃーねーな。今日は俺が奢ってやるから元気出せよ! ねーちゃん、こいつにビール一杯頼むよ!!」
「すまん、ありがとな」
ビールがなみなみと注がれたジョッキが運ばれてくると、すぐに喉に流し込んだ。その後は俺が溢す恨み言を、ザックは笑いながら聞いてくれた。
食事を終えた俺は部屋に戻ってきた。ベネットはキノコの姿の戻って、つぶらな瞳で俺を見ている。
「ウィル、ベネットも空腹。少し血、吸わせて」
「いいけど、少しだぞ? あんまりたくさん吸うと、俺、死んじゃうからな?」
「分かってる。少しだけ」
俺の腕にぴょこっと跳びつき、菌糸を絡みつける。痛みは無く、少しくすぐったい。しばらくすると俺の腕から離れ、ぽよぽよと跳ねる。
「ウィルの血、美味しかった」
「そ、それは良かったな!」
俺は、嬉しそうにしているベネットに愛想笑いをして、ベッドの上に寝転んだ。
ブラッディマッシュ……。
成体ならたった一体で騎士団一個大隊を壊滅させられる、正真正銘のバケモノだ。昔、図書館で読んだ本に書いてあった。そこに描かれていた幼体の姿も、深く印象に残っている。
幼体を発見したら、即座にギルドと騎士団に報告し、抹消しなければならない。
抹消? 助けてくれたこいつを……? できるわけない。
そんなことを考えながら、俺は眠りに堕ちていった。




