祝福の呪い
リーナたちとの戦いが終わって、一夜明けた。
まだ疲れが残っているのか、体が重い気がする。だらだらと過ごしていると、リビングに赤い転移魔法陣が浮かび上がり、いつもの王様が現れた。
アルスは勝手知ったる様子でローテーブルにティーセットを広げ、俺たちに紅茶を勧めてきた。俺たちもソファに座ると、アルスは紅茶を一口飲んで優雅に微笑んだ。
「魔炎妃ヴェザルナを討伐してくれたようだね。ご苦労様」
「ご苦労様じゃねーよ、全く。俺たちがどれだけ苦労したと思っているんだよ!?」
俺の文句は軽くスルーされ、アルスの視線はベネットへ向いた。
「ところでベネットさん、また強くなったみたいだね? 鑑定しなくても、オーラで分かるよ。また僕と手合わせ願えるかな?」
ベネットが「やだ」とそっぽを向くと、アルスは目を細めた。
「ふーん、じゃあ、ウィルさんを殺しちゃおうかなぁ」
その瞬間、室内の空気が凍り付いた。ベネットの殺気がアルスに向けて突き刺さるが、アルスは涼しい顔でフッと笑った。
「冗談だよ。でも臨戦態勢になって良く分かった。今のベネットさんなら三人いれば僕に勝てるかもね」
ベネットの殺気が解かれた。しかし彼女は忌々しげに、アルスを睨んでいる。
「嘘吐き。私が五人いても、きっと勝てない」
そんなにもアルスは桁違いに強いのか……? でもベネットが言うならそうなんだろう。俺はアルスに尋ねた。
「それだけ圧倒的な力を持っていて、何で魔炎妃ヴェザルナを放っておいたんだよ? アルスなら楽勝だったんだろ?」
アルスは、笑顔を貼り付けたまま問い返した。
「聞きたい?」
「ああ」
「どうしても? 後悔するかもよ?」
妙にもったいぶるな。話を聞くくらいで、後悔も何もない気がするんだが。俺が何度も頷くと、アルスは語り始めた。
「僕は転生者。この世界とは異なる世界で死んで、この世界に転生して来たんだ」
「ああ、それはみんな知ってる噂話だよな? それが本当だってことなら、別に驚かないぜ」
この王様はいろいろと異常だから、それくらいは織り込み済みだ。アルスは軽く頷いてから続ける。
「僕は、この世界に生まれる前に、女神様から祝福を受けたんだ。それは強力な能力だったり、僕の都合のいいように事が運ぶようになる強運とかなんだ。素晴らしいだろう?」
なんだ、自慢か? 普通に羨ましいので、アルスの問いかけに大きく首を縦に振った。
「素晴らしいなんてもんじゃないな。その力を使って、悪人を根絶やしにして、幸せだけの国を作ればいいだろ?」
「この祝福は、それができるような、万能な物じゃなかった」
アルスはいつになく真剣な顔つきになった。
「確かに僕自身には都合の良い方向に事が進むんだけど、この世界の事象に僕が直接関わっても、この世界の不幸の総量は変わらないんだよ」
何を言っている? 俺とベネットが首を傾げていると、アルスは紅茶を一口飲んだ。
「僕の目に映る人を片っ端から助けても、その反動で誰かが不幸な目に遭うってこと。これは偶然じゃない。僕が違和感を覚えて、自分自身に超鑑定して女神の祝福の詳細を確認したからね」
「目の前で苦しむ人を、僕が直接助けても、どこかで誰かが必ず理不尽な目に遭うんだ。そう考えると、軽はずみに人助けなんてできないだろ? それでも、僕はこの国を良くしたいと思っている。だからこそ十一もの騎士団を作ったんだよ」
そんなことが、ありえるのか……? だけど、嘘を言っているようには見えない。
「そういや、騎士団長はとんでもない力があって、その力はアルスが授けったって噂もよく聞くな。強い力を部下に与えて、そいつらを使って国を良くするってことか?」
アルスは肩を竦めて首を振った。
「まぁ、基本的にはそうなんだけど、単純に力を授けるのは駄目なんだ。試練を与えて、乗り越えたら、その苦難に見合った報酬を授けることはできる。例えば、以前ベネットさんと僕が戦って、ものすごーく手加減したとはいえ、僕に勝ったでしょ? その報酬として、住む家と服をプレゼントしたんだ。試練も無しにあげていたら、どこかの誰かが災害とかにあって、無一文になっていたかもしれないね」
そこまで言い終わると、アルスはいつもの笑顔に戻った。
「僕ができることは、人々を間接的に導くことだけ。幸せな世界は、この世界の人の手で作らなければいけない、というわけさ」
「そうか、王様も大変なんだな。まぁ頑張ってくれ」
「なに他人事みたいな顔しているの? この話を聞いたからには、二人とも僕の仲間だからね」
「は? 何だよそれ! しがない冒険者の俺たちに、何をさせるつもりだ?」
「逆だよ。今後は勝手に人助けとか、悪人の駆除とかしないでね。二人は他者よりも抜きんでて強い。この世界に対して責任ある立場になってもらうから。というか、この話を聞いた時点で、もうこちら側なんだけどね」
「僕が持っている『祝福の呪い』の話を聞くと、伝染るんだよ。この話をした人は、僕の八人の妻と、ウィルとベネットだけだよ。ちなみに君たちはこの話を誰かに話すことはできない。話そうとしても言葉が出なくなるからね」
「なんでそんなこと、俺たちに話すんだよ!?」
「だから、話す前に何度も確認したでしょ」
「えぇ……」
「これからは、困っている人を見かけても、自分で解決しないで、騎士団に連絡して解決してもらってね。仮に街に魔獣の群れが襲ってきたとしても、ベネットの力で解決したら、代わりにどこか他の街が滅ぶから。もちろん、自分の身を守るのは全く問題ないよ」
「俺たちが戦わなければ、その街が滅ぶとしてもか?」
「そう。強い力を持っていても、目の前の人を助けられないってのは、結構ストレスなんだよね」
俺が呆気に取られていると、言いたいことを言い切ったアルスは帰っていった。
淡々と話していたが、アルスはこれまでの長い人生の間に、俺には想像もできないような想いをしてきたんだろうか?
そして、その原因を俺とベネットにもうつしていきやがった。気の毒のような、腹が立つような、頭の中がごちゃ混ぜだ。
「ねーねー、ウィルってば!!」
「ん? なんだ、ベネット?」
「さっきから呼んでるのに、難しい顔して黙り込んで。つまんないー」
「いや、だって、ベネットもアルスの話、聞いていただろ?」
「聞いてたけど、それがどうかした? 人間とは極力関わらないで敵は殺す。今までと、何も変わらないでしょ?」
言われてみれば、その通りだ……。
「よし、切り替えて、狩りにでも行ってくるか!」
「えー、生命力、欲しいな」
ベネットが抱き着いてのしかかってきたので、俺はそのまま身を任せた。
* * *
今日もベネットと仲良く過ごしている。二人で家の近くにある高い木に登って、景色を見渡した。
森の一角が抉れたように消えている。リーナたちと戦った場所だ。
あいつらが、なんであれほど男を見下していたのかは想像しかできないが、俺がベネットを想うように、リーナにも仲間を大切に想う気持ちは確かにあった。
もしかしたら、あいつらもアルスの呪いの反動で理不尽な目に遭ったのかもしれない。もしそうだとしても、俺から金を奪って、殺そうとしたことまで飲み込む気にはなれないけど。
何にせよ俺は生き残った。これから先、何があるのか予想もできないけど、命ある限りはベネットと仲良く過ごしたいものだ。
俺はベネットの肩を抱き寄せて、澄み切った青空を見上げるのだった。




