愛の力ってなんだよ(困惑)
俺とリーナは、互いに剣を構え対峙していた。隙のない構えに強者の威圧感。以前会ったときとは、比較にならないほど力を付けていると肌で感じる。
先に動いたのはリーナだった。
一歩。たったそれだけ踏み込んだ瞬間、リーナの輪郭がかき消える。気付けば目の前に迫っていた。
「くっ!」
黒炎の残光が鋭い線を描き、俺の肩口を紙一重でかすめた。
いやぁ、今のはちょっとヤバかった。黒炎を推進に使った高速移動術か……、ギリ躱せて良かった。
リーナは小さく舌打ちをすると、黒炎をまとった剣を勢いよく振りかぶった。次いで、黒炎が獣のような唸りをあげ、焦げた空気を引き裂きながら連続で襲いかかる。
俺も闘気を込めた剣で迎え撃つ。刃がぶつかるたび、斬撃に込められた黒炎の熱が肌に突き刺さる。俺の体がベネットの菌糸で強化されていなかったら、とっくにやられていただろう。
リーナの黒炎は、シェリーのものより数段強い。さらに、黒炎を操りながら繰り出される剣技は驚くほど精緻で鋭く、華奢な腕から繰り出されるとは到底思えない圧のある斬撃だった。
だが……、それでもベネットに比べれば、まるでお話にならない。
「それで全力か?」
軽く笑いかけると、リーナはわずかに顔をひきつらせ、後方へ大きく跳んだ。リーナが剣を高く掲げ魔力を解き放つと、周囲の空気がビリビリと震えた。次の瞬間、黒炎の球が空にいくつも浮かび上がった。
「燃え尽きろ」
彼女が腕を振り下ろすと、黒炎球の雨が一斉に降り注ぐ。
まるで空が燃えて落ちてくるような光景だ。こんなの、ベネットと出会う前だったら完全に詰んでいた。でも今なら……。
俺は魔法陣を構築し、魔力を流し込んだ。魔法陣は黄色く光って、雷撃が迸る。迫ってくる黒炎球を雷撃で薙ぎ払うと、次々に爆ぜて消えていく。視界が開いたその一瞬を逃さず、俺は地を蹴り一直線にリーナへ踏み込んだ。
リーナの反応がわずかに遅れた。さっきの大技で、勝利を確信し気を抜いたな?
「これで終わりだっ!」
剣を振り下ろすと、シェリーがリーナ突き飛ばして、代わりに俺の刃を受けていた。
シェリーの身体が地に崩れ落ち、鮮烈な赤が地面を染めていく。リーナは悲鳴を上げて駆け寄り、シェリーの体を抱き起こした。
どう見ても致命傷だ。治癒魔法でも救えないだろう。シェリーは血を吐きながら、か細い声でかすれた言葉を紡いだ。
「短い間でしたけど、私は幸せでした。リーナお姉さま、大好き……」
そのまま、シェリーの体から力が抜け落ちた。
「うあああっ!! シェリー!! なんでっ!! 何で私の大切な人ばかりこんなっ……!! もう嫌!! 嫌だよ……シェリー、死なないで、私を一人にしないで……」
大声を張り上げうずくまるリーナの周囲で、黒炎が異様な勢いで立ち上り始めた。魔力量が桁違いに跳ね上がり、大気そのものが軋んでいる。
やがてリーナは、ゆっくりと立ち上がった。その顔は、先程までの彼女とはまるで別人のように、不気味な笑みに歪んでいた。
「ようやく……、ようやくこのときが来た」
悪寒が走り、俺は咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。
「お前、ウィルと言ったか? 礼を言うぞ。お前がリーナの心を折ってくれたおかげで、この体を支配することができた。褒美に真の黒炎で焼き殺してやろう」
体を支配? ヴェザルナがリーナの体を乗っ取ったのか。
「そんな褒美いらんし」
「そう遠慮するでない」
ヴェザルナが手をかざすと、闇より深い黒炎が奔った。リーナの炎よりも黒く重い、絶望そのもののような炎だ。
俺はすぐさま全力で氷の防壁を展開するが、ミシミシと音を立てて亀裂が走った。
「ヤバい、堪えきれん……!」
気が付くとベネットが俺の前に立っていた。彼女の動きは軽やかだが、放たれる魔力は強大で、黒炎を易々と払っていく。
「何かを気にしながら防戦一方だったのは、リーナの体を乗っ取るためだったんだね」
ベネットの髪が触手のようにしなり、周囲にいくつもの魔法陣が展開された。
水刃、氷槍、雷撃、火球、風刃、光矢。多彩な魔法が怒涛のように連射された。
爆煙が吹き荒れたあと、姿を現したヴェザルナは痛痒を感じていない様子だった。どの属性の魔法も効果は薄そうだ。
ベネットは俺の手を掴んで跳び、ヴェザルナから距離を取った。
「……あれ、ちょっとヤバイね。私でも厳しいかも」
「私が真の力を取り戻した今、貴様ら如き相手にもならぬわ」
ヴェザルナは薄く笑い、黒炎球を降らせる。俺たちは躱し、払い、必死に食らいついた。
「ウィル、ああいう相手ってどうやって倒すか知ってる?」
「さぁな、そんな方法知ってたら、とっくにやってる」
するとベネットは、目を輝かせて拳を握りしめた。
「本で読んだんだ! ああいうのはね、愛の力で倒すんだよっ!」
「はぁっ!? こんなときに何言ってるんだ?」
この状況下でそんなことを言える余裕はたいしたものだが、俺には冗談に付き合っている余裕はない。
「むぅー、バカにした。いいから私に合わせて!」
「お、おぅ……」
ベネットが膨れっ面で俺の手を取ると、闘気を流し込んできた。
「二人のこの手に愛を込めるんだよ!」
愛っていうか、闘気な。でもベネットはノリノリなので、黙ってその手を握り返し、俺も闘気を込めた。
俺たちの握り合った手がまぶしい光を放ち始めた。これは……、ただの闘気の輝きじゃない? もっと複雑で温かい何かが混ざっている気がした。
さらに闘気を流していると、二人の闘気が一つに混ざり合って、虹色のオーラが二人を包んだ。
「いくよ! ウィル!」
「おう!」
二人で手を握ったままヴェザルナに突撃した。降りそそぐ黒炎は、虹色のオーラに触れた瞬間に霧のように消える。
「なんだこれは……私の炎が届かないだと……!?」
ヴェザルナは愕然と目を見開いた。奴の黒炎は凄まじい熱量を持っているが、なぜか俺たちを包むオーラを貫けない。
「くらえ、私とウィルの愛のパワー! ラブラブぅぅぅ、天・煌・拳!!」
ベネットは恥ずかしい言葉を叫びながら、俺と重ねた拳でヴェザルナをぶん殴った。
虹色のオーラが炸裂すると、黒炎が霧散しリーナの身体は地に伏した。
「真実の愛は最強なのだ!」
ベネットは得意げに胸を張った。妙なことを口走っているが、あまりに可愛かったので、「そうだな」と頭を撫でてやった。
ヴェザルナはレイス系のモンスターだから、魔力よりも純粋な生命エネルギーである闘気の方が効果が高かったのだろう。ブラッディマッシュの、異常な大きさの生命エネルギーからくる闘気だ。この結果も頷ける……、かもしれない。
倒れているリーナに近寄ると、穢れた魔力は完全に消え去っていた。まだ息はあるみたいだが、どうしたものか?
正直、俺はこいつのことを、もうそれほど恨んではいない。だが、ここで命を救っても、こいつの心は救われないだろう。
俺が迷っていると、リーナは目を閉じたまま、かすかに唇を動かした。
「ラーナ、シンシア、ヘレン、シェリー、……シャノン。私も今から……そっちに逝くね」
言葉が終わるのと同時に、リーナの生命が静かに消えたのが分かった。
横ではベネットが無邪気に喜んだ。
「やったね!」
「ああ、でも気分は良くない。殺しに来たやつを返り討ちにしたことに後悔はないが……」
ベネットは不思議そうに、首を傾げている。
「ウィルはこんな奴にも同情してるんだね。甘いね」
「おいおい、そこは優しいねって言うところだろ……。しかし……そうか、俺は同情していたのか。リーナは、自分の信念を掛けて俺に戦いを挑んだ。互いに全力で戦って、俺が勝った。それ以上に何を思う必要があるんだ……同情なんて、むしろ失礼か」
「ウィルは難しいこと、考えすぎじゃない? 敵は殺す。それでいいじゃん」
「ああ、そうなのかもな……」
深く息を吐き、俺は最後の務めとして、リーナとシェリーの亡骸を静かに火葬した。
残った灰を風に流し、俺たちはゆっくりと帰路についた。




