勝てるんだろうか?
ウィルの視点。
リーナのことは少々気がかりではあるが、ベネットと共に森の奥の一軒家でスローライフを満喫していた。
朝は散歩がてら、食べられる実や薬効のある植物を採集して、昼からは狩りや鍛錬をすることが多い。日が暮れたら、ベネットと二人で夕食を準備している。
ベネットは、指先を鋭利な刃物にして、食材の硬い骨や殻ごと綺麗に切断してくれる。でも、料理上手かといえばそうでもない。材料を切るのは上手でも、味付けは適当なのだ。
彼女にも人間の味覚はあるというが、美味しいと感じる範囲が広すぎるので、俺が味付けしないと大変なことになる。それも含めて、二人で騒がしく料理をするのは楽しい。
出来上がった料理を二人で食べながら酒を飲んでいると、言葉にならないような満足感がある。うまい酒と美人の相棒。最高じゃないか!
充実した時間を過ごしていると、ベネットが子猫のように体を擦り付けてきた。
「ねーウィル。そろそろ欲しいんだけど」
「ん? そうだな。じゃあ……」
俺が言い終わる前に、ベネットに腕を掴まれて寝室に連れていかれた。
そして、今夜も限界まで精力を吸い取られるのだった。
* * *
今日は週に一度の、街へ買い出しに行く日だ。
ベネットには余所行きの可愛い服を着せている。こうして見ると、どこかいいところのお嬢さんみたいだ。俺みたいなおっさんが、こんな美少女を連れて歩いていると、優越感で気分がいい。
俺が家から出ると、ベネットも出てきて俺の腕に抱き着く。
「準備できた?」
「ああ、頼む」
ベネットが手を伸ばして魔力を解放すると、庭に赤い魔法陣が顕現した。
ベネットは、当たり前のように転移魔法陣を使いこなしているが、本来は限られた上位の術者しか使えない魔法だ。これは本当に便利で、森を抜ける手間もないし、荷物を持ったままでも一瞬で運んでくれる。
街に着くと、森で得た素材を換金し、必要な物をひと通り買い揃えた。帰るにはまだ早いので街をぶらついていると、ベネットがぴたりと足を止めた。彼女の視線の先には、木枠の看板を掲げた本屋があった。
「本が欲しいのか?」
「うん。家にある本は、もう全部読んじゃったから、新しいの欲しい」
アルスがくれたあの一軒家には、立派な書斎もあって、本が何冊もあった。俺は一度も手に取っていないが、ベネットがページをめくっている姿は何度か見たことがある。
「いいぞ。買っていくか」
「やったぁ!」
ベネットは弾むように喜び、俺の袖を引っ張って本屋に入っていった。
店内は新しい本の匂いが漂い、棚には多種多様な本が並んでいた。その中でも、ベネットがまっすぐ向かったのは、マンガとラノベの並ぶ棚だった。
「気になってたやつの続きがある! あ、こっちも面白そう!」
ベネットは次々手に取って、目を輝かせている。こうしていると、普通の女の子だよなぁ……。
マンガとラノベを数冊購入して店を出ると、ベネットは買った本を胸に抱え、歩調は弾んでいた。普段世話になっているから、これくらいのことで喜んでもらえるのなら俺も嬉しい。
「どんなのを読んでるんだ?」
「おっきな機械人形に乗った人たちが宇宙で戦うのとか、不思議な力を持った女の子たちが変身して怪物と戦うのとか、他にもいろいろだよ」
「……それ、面白いのか?」
「すっごく面白いよ! 人間って、想像力が豊かだよね! ウィルも読んでみたら!?」
ベネットが目を輝かせて勧めてきたが、俺は苦笑いで躱しておいた。
ともあれ、用事も済んだので、いつもの流れで酒場に寄ることにした。
テーブルにつくと、近くの席でおっさんグループが盛り上がっていた。昼間っから飲んでいるらしく声は大きい。そのせいで、会話の内容が自然と耳に入ってきた。
「聞いたかよ? また出たらしいぜ!」
「ああ、黒焔の処刑姫だろ? ヤベェよな! 鉄爪団のアジトが砦ごと壊滅したらしいぜ!」
「マジかよ!? 鉄爪団の親分は何人もの冒険者を返り討ちにした猛者だって聞いたぜ。それをたった一人でか?」
「いや、二人らしい。赤い髪と白い髪、二人とも氷みたいな目をした美人だって噂だ。奴らが使う黒い炎の魔法は、バカみたいな威力らしいぞ!」
おっさんたちは酔っぱらって楽しそうに話しているが、俺は嫌な予感がした。
「なぁ、ベネット、どう思う?」
グラスを置きながら小声で聞くと、ベネットは串焼きにかぶりつきながら、気にも掛けていない様子で答えた。
「どうって、リーナとヴェザルナだね。あと、知らないのがもう一人いるかな? この街の近辺で私たちを探しているみたい」
「分かるのか?」
「うん。小さい分身体をまき散らして、広範囲を探っているからはっきり分かるよ。むこうも探索系の能力があるみたいだから、多分あと数日で私たちの家まで来るね」
小さい分身体……? ベネットは、そんなことまでできるようになっていたのか。頼りになるのは確かだけど、リーナがすぐそこまで来てると思うと気が重い。
「ったく、勘弁してくれよ……」
俺がリーナの仲間を返り討ちにして殺したときのことは、まだはっきりと憶えている。あいつは涙を流しながら「必ず復讐してやる。覚えていなさい」と、俺に言った。
憎しみが人間を強烈に突き動かすってのは、よく分かっている。長年冒険者をやっていれば、そんな話はいくらでも聞くからな。
俺だって毎日ベネットに鍛えてもらっている。だけど、リーナも死にもの狂いで鍛えているのは想像に難しくない。
ましてや相手は、Sランクモンスターの力を得ている。そんな相手に、再び命を狙われるなんて普通に怖い。
「勝てるんだろうか?」
俺がつい本音を漏らすと、ベネットは楽し気な笑顔で返した。
「へーき、へーき! 私、こう見えてすっごく強くなってるから! 任せてっ!」
無邪気に笑う相棒を見て、少し心が軽くなった。
そうだよな……あの王様を除けば、ベネットが最強だよな? 俺は不安を抑え込んで、ベネットに笑い返したのだった。




