7話 S
「はぁ……。危機感なさすぎて俺も落ち着いてきたわ。あの、これ治るんですよか?」
「魔石から流れ入った魔力が、再び機能するようになれば自然と元に戻るわ。時間は大体半日くらいかしらね」
「良かった……。あのこういうのは先に言ってもらわないと困りますよ」
「ちょっとした悪戯よ。そんなに眉間に皺を寄せないでよ。ほら、ダンジョンって危険なところでしょ? 今くらい肩の力抜かないとですわ。それにお母様は楽しそうですわ」
「ほらほらお父さん、テーブルでは食べられないでしょうから……。そうそう。そうやって床を舐めるようにしないとですね。ふふ、出会ったときを思い出しますね」
「床につまみを撒いて……。これに懐かしさを感じるとか、2人の出会い聞きたくないよ」
「まぁ楽しい戯れはこの辺にして、息子さん、高下彰さんには業務として、今使った魔石を集めてもらいます」
「楽しい戯れって……。まぁもういいや。進めて下さい」
唐突な切り替え。
母さんもその顔に合わせるようにして父さんを抱き抱えて席につく。
可愛らしいこぶたの真剣な表情は正直ツボだけど、いい加減話が進まないから無視。
「そのため息子さんには私と一緒にダンジョンへと向かってもらいますわ。お母様はダンジョンというものがなにかご存じですか?」
「出会いを求めるやつよね? それなら履修済みよ。去年のコミケで同人誌も何冊か買ったわ」
履修済みなのか……。それにコミケ参戦してたのか……。別にいいけど、心のうちが解放されてどんどん俺の知ってる母さんじゃなくなってるよ……。
「であれば既にお察しして頂いてるかと思いますが……。このお仕事、命の危険を伴います。モンスターに喰われて遺体が残らない可能性だってありますの。既に会社と契約は結んでしまっておりますし、息子さんを退職させて欲しいと言われましても、国という大きな圧力があるためそれは無理。ただ私が何故これをお伝えしたかと言いますと……。ご両親にはもし万が一の時、その時がきた場合の心の準備をして欲しくお話いたしましたわ」
「……。それを直接話すということがどういうことか分かってますか?」
「……。はい。きっとダンジョンへ息子さんを連れていく私のことを嫌いになると思います。でも、これは絶対にお話しなければならないと判断してますの。何故なら……。いえ、それは私から言うことではありませ――」
「それをすることでりょうさんに対する敵対意識から息子と両親の間が深まり……。結果として最後の時を仲良く過ごせた、となることが多いから。とかかしら?」
「……」
「りょうさん、あなたもなかなか辛い目に合ってきたみたいね。でも……」
母さんがそっと立ち上がると、りょうさんは痛みを受けるなにかをされると思ったのか、目をきゅっと瞑った。
「……。え?」
「馬鹿ね。私たちのことを気遣ってくれるような子をそんな風に思えるわけないでしょ。他にもダンジョンについて話があるのかもしれないけど、あなたのことが分かっただけで私たちは十分。今までだらだらしてた分、彰をこの子を思いっきり働かせてあげて。頼んだわねりょうさん。さて、あなたたち2人分のお弁当でも作りましょうかね」
りょうさんの頭にぽん、と手を乗せた母さんはそのまま台所へ。
つられるように父さんもその場から離れていった。
何年間も俺というニートに心を折らず、声を掛けてくれ続けた2人なだけあって、受け入れるその様も誰より堂々と、そして動揺の素振りも見せない。
数十分前まであんなにカッコ悪かったのが嘘みたいにカッコいい。
「うっ、くっ。ありがとうございます。彰さん、私があなたを絶対死なせません、。今後ともよろしくお願いします」
「あ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
涙ながらにようやく挨拶を交わせた。
こうしていい人と巡り合えると、あのおじさんに見捨てられたのは幸運だったのかもしれないな。
「それで、あの、ダンジョンの説明なんですけど……もうちょっとしばらく話せそうにありませんので……。この冊子勝手に読んでくださいまし。それと今日は遅刻扱いになるのでボーナスは天引きですわぁ。う、ぐ……」
「えっ。あ、分かりました」
折角の余韻が台無しになると思って、俺はツッコミたい気持ちを押し殺してりょうさんからギリギリ読める程度にくしゃくしゃになった冊子を受け取った。
◇
『――ダンジョンの所在地は日本国であるが、特殊な土地であるためその存在を知られた場合、領土問題に発展、さらには紛争を招く可能性があり、詳細を知っているものは数名のみとしている。また、このためダンジョンについてインターネット及び口頭で広めることを禁じている。持続性の高い魔石による口封じ又は催眠の魔石を使用した対策は必須。ただし催眠の魔石は使用者の負担が大きい、さらには非常に高価な代物になるため、口封じの魔石の使用を推奨する』
「――93。なるほどそれであのおじさんは……94。催眠を使用をあえて選択した……95」
「ええ。だからあなたはまだ催眠状態というわけですわ」
「96。はぁはぁ……、でもそんなすごい魔石を持った社員なんて危険じゃ……97」
「勿論上の人たちは対策していますわ。ちなみに会社の人間が首相に、とか、日本がこれを使って他国に、とかは難しいの」
「98。ふぅ、なんでですか?」
「それはこの催眠の魔石はステータスを得られる人にしか効かない上、そのステータスを得られる人は極端に少ないから。でも美杉はこれを逆に利用して社員を集めているの。あのヘンテコなサイト、というかパソコンウィルスを使ってね」
「ウィルス!? ……99」
「そう。あのサイトに入るとパソコンを乗っ取られてカメラで相手の姿が見れるようになるの。そうすれば催眠の条件が揃うから、あとは催眠に掛かった人だけが見れる応募ボタンを押させて、ていう仕組みですわ。名前とかの必要情報はそのときに盗んで……催眠に掛かった数分の深い催眠状態の時に、いろんな手続きも勝手にさせられているらしいわ」
「100!! はぁはぁ、ふぅ……。だから俺の名前を知ってて、契約とかも勝手に……。モラルなさすぎだろその方法」
「だから私はあいつが嫌いですの。さ、スクワットの次はハーフマラソンですわよ!同じように冊子は読んでいても構わないわ」
「流石に無理です。というかスクワットだけで脚辛いんですけど……。あのお、こんなの必要ないって証拠に俺のステータスを見て欲しいなって」
「だからステータスは知ってますわ! レベル1のはぐれものですわよね?」
「それはもう変わって――」
「それよりモンスターを倒すには基礎体力が大事ですのよ!私はあなたを死なせないため、心を鬼にしているの。だからあなたも真剣に取り組みなさい!」
「分かってますけど。ちょっとだけ休ませて」
引き出しからダンジョンに移動。
俺は冊子を読まされながら準備運動(強)をさせられていた。
ダンジョンに来てからのりょうさんはまるで部活の顧問。
ドM父さんへの対応から察してはいたけど、相当なサディスト――
パシィン!
「ひっ!」
「このくらいでへばってたらすぐに殺されますわよ! もっとシャキッとしなさいまし!」
「シャキッとします! しますからその馬用の鞭は止めて!」
ヤバい。
早く俺がなかなかに戦えるってところ見せないと……その前に潰される!
薄情な変態おじさんは嫌だけど、キツすぎる愛の鞭もお断りだって!
あっ! そうだ、こんな時は……
「マラソンようの、とんでもないスタミナが欲しい!」
『ぷーくすくす! じゃなくって……《はぐれもの》が発動しました。ステータス上にない項目の選択を確認……スキル《∞スタミナ》を取得しました』
そうだった。
りょうさんとはまた別の種類のサディストがいたんだった。
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