6話 豚
「知らないって……彰、あなた何言ってるのよ。朝あなたの部屋から出てくるなんて……もうそういう関係なんでしょ?」
「いやぁもう孫の顔を見るのは諦めていたが……。お前がりょうさんみたいな美人で気の良い女性を連れてくるなんてなぁ。ほら、呆れられんようにその貧相なのを早く隠せ隠せ」
「あ、大丈夫ですわ。そんなに気を遣わなくても。ちっちゃかろうが大きかろうが、肝心なところはそこじゃないので。それよりお父さん、今日はお休みですわよね?私あの棚にあったお酒が気になりますの」
「ああ、あれは私の生まれ年のお酒でね。特別な日に飲もうと思っていたが……娘になるかもしれん子が現れたんだから開けちゃおうか! 母さん、1日くらい仕事を休んでも大丈夫だよな?」
「ええ、息子がぁって言えば、仕事場の人たち簡単に心配してくれますから。ま、これがニートで半分引きこもりの息子がいる唯一のメリットなのよね。いやぁそれにしても平日の朝から仕事をサボって飲むお酒が1番美味しいくて酔いやすいんだけど……。お父さん、たまには私たちも――」
「ちょっとちょっとちょっと! 俺の、というか息子の前で何言おうとしてるの!?」
おかしいな。
俺の母親はもっと真面目で、父親はもっと厳格な人だったはずなんだけど……。
まさか俺に引っ張られてクズになったとか?
だとしたら罪悪感半端ないんだけど。
「まったくいちいちやかましいぞ彰。父さんたちはリビングにいるからさっさと準備してきなさい。そうでないとりょうさんはもらっちゃうぞ」
「まぁお父さんお若い!」
「あなた、その冗談だけはどうかと思います」
「あ、その、すみません」
「エロ親父でごめんね、りょうさん。お詫びにお父さんのお酒いっぱい飲んでいいから」
「やったあ!」
楽しそうに俺の前から捌けていく3人。
なんか俺よりも家族っぽくないか、あれ。
それにしても、りょうさんは本当にサポーターか怪しくなってきた。
一応今日は出勤日のはずだし、朝から酒をせがむのはおかしい。
でも……
「あの変態おじさんに代わって、ハズレ新入社員の専属をあてがわれたってことだもんな……。そりゃ多少なり自棄になってもおかしくはないか?」
遅刻、最悪欠勤になるかもだけど、全部俺のせいって思えば、一回給料削られるくらい我慢しないと、かな。
まぁダンジョンであれこれ話すのは落ち着かないと思っていたし、これきっかけで母さんたちにも仕事のこと話せるって思えば、有意義なサボり……だと思う。
「うん。こういうときは開き直りが必要だよな。父さん、俺の分の酒も用意でき――」
「いいわよ! もっとやっちゃいなさいりょうさん! 実はこの人昨日も風俗行ってたんだから!」
「そうだったんですのね! なら、私へのセクハラの分と合わせてもう10発いきますわよ!」
「あ、10発と言わず20発お願いしまぁあぁあすっ!」
着替え等々を終わらせて向かったリビング。
そこには尻丸出しで四つん這いの父親と、それを馬用の鞭でひっぱたくりょうさんと、応援する母親が。
「……。夢? 夢じゃないとしたら地獄?」
「あ、遅っ! いぞっ! 彰っ! 最高ぅっ! の彼女っ! さんだなぁあっ!」
「父さん、俺また引きこもってもいい?」
「ま、まてっ! りょうさんからっ! その見た目の話があるかっらあ!」
「はぁはぁはぁ……。ふぅ。そう。私から皆さんにお話、会社とダンジョンについてお話がありますの。彰さんもお酒を飲みながら、話を聞いてくれますかしら?」
ふざけた雰囲気が一転真面目で凛とした表情に切り替わるりょうさん。
やっぱり会社の人だったか。仕事なんか嫌になって色々始めちゃったと思ったけど……そこはちょっと安心かな。
「あの、その、その前にまだ1発残ってるよ、りょうさん」
「りょう、さん?もっと違う呼び方があるんではないのかしら?」
「す、すみません、りょう様!」
「りょうさん、お父さんに最後の一発キツいのお願い!こらしめてあげて!」
「あの、もう勘弁してもらってもいいかな?取り敢えず全員水を飲んで酔いを覚ましてください。お願いします」
◇
「ふぅ……。それで話を聞かせてもらってもいいですか?」
「粗茶ですが」
「あ、御構い無く」
「あんたらよく改まって真面目な雰囲気出せるな」
地獄の絵面はどこへやら。
まるでお見合い場かと思うくらいの緊張感と清潔さを醸し出す3人。
これが大人か。成人してるだけで、どうやら俺はまだ子供らしい。
「まぁとにかく落ち着いたなら良かったか。お茶いただきます。……。これただのお茶じゃねえ!緑茶で割った酒だ!この人たちまだ酔ってやがる!この空気もふざけて――」
「うるさいぞ彰。ふざけるのはその髪型だけにしてくれ」
「父さん……。さっきまでの自分の姿を忘れちまったのか?」
「おほん!えーそれでは改めまして、私はダンジョン魔石収集会社『M』で探索社員のサポーターを務めています、瓦谷りょうですわ。本日よりお二人の息子様である彰さんの専属サポーターとなりました。どうか以後お見知りおきを」
「会社って言葉が出てきたからもしかしてとは思っていたけど……まさかあの彰が仕事を始めるだなんて」
「でもお父さん、つまりりょうさんと彰は仕事の関係でしかないってことで……」
「残念だな。でもまぁうん。りょうさんのことを思うとそれで良かったかもな。あ、すみません続きをお願いします」
それ、俺が相手だとまずいみたいなこと?
ずっと気になってたけど、いくら俺が半引きこもりだからって母さんも父さんも辛辣過ぎないか?
……。そういえば、美杉が俺と不思議なくらい自然にコミュニケーションできる『なにか』をしていて……りょうさんも父さんと母さんにその『なにか』をしている?
「それではまず、お二人には今から話すことを他言しないように、魔石を使用させていただきますわ」
「魔石の使用……。やっぱり美杉と同じように……」
「美杉……。あんなこすいおっさんと私を一緒にしないでもらえるかしら。あっちは完全催眠を使って無理矢理雇用させるように仕向け、殆んど詐欺紛いのことをして成績をあげている。対して私はただただその人の本心をさらけ出させて、接しているだけ。私は自分のポリシーは絶対に曲げませんの」
本心をさらけ出させて……。
ということはこの父さんと母さんが本当の姿ってことで間違いないのか……。
催眠術で操られている可能性があるって分かったとき、心の中でえげつないくらい高々とガッツポーズしたのに……。
「私のポリシー……それは、『常に気高くある』。どんなに弱くても格好よくなくっても私だけはあなたを見捨てませんわ。そう、どれだけ弱くてもその時まで私が寄り添ってあげます。だから……私ふつつかものですが今日からこのお家でお世話になります。どうかよろしくお願いします、お母様、お豚様」
「それって……。お父さん大どんでん返しきたわよ!あー、私美人な娘とお買い物に行くのが夢だったのよ!」
「ぶ、豚……。俺がぶ、豚……。ぶひぃぃいいいぃん!」
父さん渾身の豚の鳴き真似がリビングに響く。
俺の中の父さんの株がみるみるうちに下がってく……。
「では菓子折りの代わり、というわけではありませんがこれをどうぞ」
りょうさんは歓喜する2人を見つつ、そのポケットから紫色の魔石2つを取りだして額にあてがう。
これだけで強制的に口封じができるなんて、魔石ヤバいな。
なんかダンジョンのこととか全部隠そうとしている理由がなんとなく分かったかも。
「あ、いい忘れてましたが私まだ魔石を使い慣れてませんので完璧には口封じできなくて……。万が一ダンジョンのことや会社、それに魔石のことを漏らすようであれば魔力が暴走して――」
プルルルルル……
「おっと失礼。ちょっと待っててくださいね。……はい。あ、すみません今日は休みで……。はい。はい。あの、実は息子が会社の同僚で彼女という方を連れて来ていて今挨拶に……。はい。あ、ありがとうございます。これで少しは楽になって……。え? 息子の会社ですか? それがダンジョ――」
会社の上司からの電話に出た父さんはうっかり口を滑らしそうになり、そして……。
「ぶひ!」
「このように、その人を最も近い別の生き物に変えてしまうんですわ!お気を付けてくださいましぃい!」
「それ先に言っとけやぁああ!!」
「あら、この方が可愛いかも」
「母さん! 呑気すぎだから! それでもって父さん! 本当に豚になったからって嬉しそうに尻振るのやめな!」
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