4話 おじさん
となればもうガンガンモンスターを殺してやる!
悪いスライムはいねえが! 『僕悪いスライムだよ!』を希望します!
「べぼ!」
「いたいた! レッドスライム!! 知ってるか? 俺は《破壊の化身》なんだぞ!」
――パンッ!
レア個体とは思えないほど湧く、こいつらを倒すのクッソ楽しいわ!
これで6匹目。そろそろジャージのポケットもパンパンだぜ!
『レベルが32に上昇しました』
「大分レベルの上り幅が下がったけど、それでもこの上がりようはすごいな。こういうのがインフレって言うんだな」
『ステータスの確認ができま――』
「ぺぷぷ」
「おっ! ノーマルのスライムか! こんなやつはもう雑魚よ雑魚! まずいなあ。こんな姿見たら女の子に惚れられちゃうよ……。喰らえ、俺の破壊の拳をっ!」
正面の岩陰から現れた少し大きめスライムの突進。
それを受けながら、モテモテの自分を想像。
「えっ……」
中二病全開の一撃を放とうとすると、視界に俺以外の社員? しかも女性が映った。
これは最高の格好つけタイミング。
ここぞとばかりに俺はアニメでも聞かないくらいの雄叫びを発しながらスライムを殴ったのだが……。
「ぺ、ぽ……」
「あれ? ワンパンじゃない?」
『ふふっ……。だからステータス確認を、って言ったのに……。それに、これだけ戦ってきて個体ごとに強さのばらつきがあることに気が付かないとは思いませんでした。モンスターにもレベルやステータスの概念があり、同じ種族でも全く同じ内容のステータスではないんですよ』
「……。ふ、ふふ。あははは! あー、間抜けっ! あはははははっ! なんか自信出てきちゃった!」
……。うわ、はっずぅ。
最悪。めっちゃ笑われたんだけど……。
レベルアップしてるからか、前ほど絶望感を味わってはいないけど、それでも耳があっちい。
「お前! この野郎! お前のせいで! 一気に楽しくなくなったわ!」
もう一発攻撃するとスライムは倒れて魔石をドロップした。
大きい個体はまだ2発はかかるらしい。
何故か《破壊の化身》は発動してくれなかったけど、それでも40、50発でようやく倒していたときのことを考えると大分いい。まぁ、こんな羞恥プレイを受けた後だとこれでも攻撃力が足りなく感じるけど。
「女の人どっか行っちゃったし……。いや、行ってくれて助かったかも……。これ以上笑われたら俺もう耐えられない。心ってやっぱガラスだよ。弓兵。……。あーもう! とにかく……」
『ステータス』
―――――
名前:高下彰
基本レベル:32
攻撃力:312
防御力:206
魔法威力:211
ユニークスキル:はぐれもの
通常スキル:絶対防御(物理)、破壊の化身(硬物質モンスター限定)、マップ、暗視、地形ダメージ減少、疲労鈍化
魔法:【基本初級】:ファイア(火)、バブル(水)、ウィンド(風)
反映グレード:10
反映カテゴリー:全
―――――
破壊の化身(硬物質モンスター限定)……。ちょっとスキルの対象がマイナー過ぎじゃない?
スライムだけとか、犬型だけとかなら分かるけど、硬物質が何を指してるのか分かりにくいし……。
「もう少し違うの頼んでみれば良かった……。でも、うん。着実に強くなってるよ、これ。スクロールないけど次の階層行っちゃおうか――」
「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」
「……チャイム? あっ……。学生時代のトラウマが甦って……。まさか、会社が何かの知らせに機械を持ち込んでるのか?なんかダンジョンで近代を感じるのは情緒がな――」
「ホぉタぁルのひぃかぁっりっ! あ、君君。もう退勤時間だよ。残業の申請が済んでいないなら早く退勤の打刻を済ませたほうがいい」
「いや、全部あんたの声かいっ!」
変態おじさんマークⅡ
鳩胸丸見え服なしネクタイ美声おじさんの登場です。
いちいちここのおじさんたちはキャラが濃い。胸毛も濃い。
「これは私のユニークスキル。羨ましいかい? でも残念ユニークスキルは1人1つまでって、ダンジョンのシステムを作った人が決めたようでね。まったく、命が掛かってるってのにゲームみたいなふざけた場所だよ。それはさておき、君新入社員だろ?見ない顔だ」
「え、その、そうですけど」
「可哀想に。この会社は家に迎えが来て、死ぬまで退社させてもらえない超極悪でブラック。サービス残業も当たり前。だから私は少しでも抵抗するためにこうして同じ社員さんたちに定時退社を促してるってわけなんだ。そもそもサポーターの定時が17時に対して私たちが20時ってのが納得いかないよ。始業時間は一緒だっていうのに。まぁ週3日勤務ってことを考えたら定時刻に文句を言うのはどうかと思われるかもしれないけど」
見た目に反して良いおじさんか?
てかもうあの変態筋肉おじさんがいなくなってそんなに経つんだな。
倉庫内軽作業みたいな精神と時の部屋状態になる仕事より断然いい。
そもそも俺は殆んどダメージ受けないからこんなこと簡単に言えるんだけどね。
「それで君は今日残業の申請はしているのかい?」
「いえ、まだ――」
「だったらすぐに帰った方がいい!無理にノルマ達成をしようとしても夜には強い個体のモンスターがわんさか湧いて効率も下がるだけ。なぁに一回くらいノルマ達成ができなくたって大丈夫! 大丈夫! さ、さっさと帰ろうじゃないか!」
「いやでも、俺……」
「なんだか焦げ臭いが怪我でもしたのか?なら特別に私が担いで上げよう!これでもレベルは高くてね、君みたいな若い子1人簡単に外まで連れていってあげるよ!」
「いや、だから……」
「若いからって遠慮しちゃいかんよ! ほぉれっ! だっはっはっはっは! 軽い軽い! さ、急いで帰るぞ!」
本日2回目の米俵状態。
加齢臭はさっきよりもきつめ。
……。どうするんだよ、この匂い移っちゃったらさあ!
◇
「――到着っと! そうだ、君は打刻の場所は分かるかい? それと魔石の回収場所も」
「分からないですけど……。まずは下ろしてもらってもいいですか?今めっちゃ冷ややかな目で見られてるんですけど、俺たち」
「ああ、あれは……。ま、まぁ取り敢えず……よっこらしょっと。これで今日も無事帰還できたわけだ! 良かった良かった! さ、じゃあ打刻にいこうか!」
なんか思った反応と違う。
美杉もそうだったけど、なにか都合の悪いところを突かれるとおじさんたちはどうも話を逸らしがちになるみたいだ。
「……。あの――」
「着いたぞ! それでだな、こっちにある打刻機に社員証を械翳すんだが、新入社員だとまだ社員証が配布されていないだろうし、今日はこっちの用紙に名前と時刻を記入して。……よしよし。終わったみたいだな。それじゃあ次はそっちで魔石を回収なんだが、その前に1つ質問。……君は今日いくつ魔石を集めたのかな? 良ければでいいんだが、そのポケットの中身おじさんに見せてもらえないかな?」
打刻を済ませるとおじさんがニタニタと笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
この顔子供だったら泣く。だってこれ、痴漢中の悦に浸るおじさんの顔って言われたら1ミリも疑わないレベルだから。
「えっと……。俺は今日このくらいです……」
「おおっ! 大量じゃないか! 1日でこれなら半分、いや赤い魔石は1個だけ回収してもらって、あとはスクロールとモンスター避けの薬に変えてもらおう! 実は回収前の魔石はアイテムに変えてもらうこともできてだね、普通に買うよりお得なんだ! すみません! この魔石アイテムに買えてくださーい!」
「はい、了解しました。スクロールとお薬の準備を致しますのでこちらでお待ち下さい」
「え、ちょ、ちょっと――」
受付の人はアイテムを取りに奥へ。
そして、重たそうにスクロールと薬をありったけ持ってきた。
もう断れないというか、断りにくいやつじゃん。
あぁ俺の魔石ちゃんが……。
前言撤回。このおじさんも害悪です。
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