1話 机から
「あー、ドラ●もん俺のとこにも来てくんないかな」
転職サイトを適当に流し見しながら呟く。
けれどもそんなに都合よく俺の人生イージーモードにしてくれる存在は現れない。
だから転職情報をブックマークするっていう簡単作業で取り敢えずやった感、頑張った感だけ手に入れて今日も家に引きこもる。
そう。俺、引きこもり気味のニートなんです。
5年目です。アラサーです。彼女できたことないです。
バレンタインには母親からチョコもらってます。
運動得意です。宝の持ち腐れです。
趣味はオンラインゲームで――
「あ、ヤバ……。変なとこクリックした」
スーパー卑屈タイムに気を取られて全く興味のない会社の応募ボタンを押してしまった。
まぁ、これだけで応募が完了することなんてないんだけど……。
『魔石収集会社【M《エム》】にご応募ありがとうございます。記載通り面接無しで即日働いて頂くため、そちら、高下彰様のご自宅に出向かせて頂きます。数十秒ほどお待ち下さい。担当:美杉』
……え? なにこの画面? 新手のクリック詐欺?
っていうかまだ個人情報入力してないのになんで俺のフルネーム分かるんだよ。
「……。怖っ。ま、まままままさか本当に来たりなんてしないよな」
「――大変お待たせ致しました!本日より我が社で働いて頂けること大変嬉しく思います!」
恐る恐るカーテンを開けて外の様子を見ると、その声は俺の背後から聞こえてきた。
「あの、えっと……。机の引き出しから登場って……。あなたもしかしてドラ●もん、ですか?」
「あっはっはっはっ! 高下さんは冗談が上手いですね!こんなにムキムキなドラ●もんいるわけないですよ! ほら見てくださいこの上腕二頭筋!毎日腕立て伏せ100回以上、出勤前にはきっちりバンプアップしてるんですよ!」
「やっぱりガチムチコミュ力お化けおじさんだったかぁ。ドラ●もんがよかった……」
「またまたぁ。私だったからこそ、高下さんはこんなに緊張もなにもない状態でいられるんですよ」
「……。そういえば、俺……」
まぁ重度じゃないといってもほとんど部屋に引きこもっている俺が、コンビニですら緊張するこの俺が、こんなにも……。
ってそんなことに感動してる場合じゃないだろ俺!
一体なんなんだよこのファンタジー空間は!
なんで引き出しからおじさん出てきてんの!?
そんでもってファンタジーで誤魔化されそうになってるけど不法侵入されてるし、勝手に雇用されたことになってるし!
「あの、俺まだ働くって決めたわけじゃないんだけど」
「いや、でもあのサイトで私たちの会社を見つけられるということは最低でも意欲はあるということ。それにもう、契約は完了してしまってますから――」
「ふざけんな! どうせこんな一方的に話を進める会社なんて、どうやったかは分かんないけど不法侵入してくる社員がいるとこなんてしょうもな――」
「スタートから月給30万円。昇給有り。ボーナス2回有り。週3回の労働。年末年始、お盆休み有り。残業は申告制。自己の魔石収拾量に応じてプラスのお給料発生。福利厚生も充実」
「すみません。最高のホワイト企業でした。何でもしますからやっぱりお断りとか止めて下さい」
「ん?今なんでも――」
「その言葉に反応するのと、そこで服を脱ぐのだけは絶対駄目」
「ちっ……。それじゃあうちで働きたいって言葉も貰えたことだから早速職場、『ダンジョン』に向かいましょうか! よっと……。じゃあすぐについて行くのでここを潜ってください」
マジな感じの舌打ちをしたおじさんはすぐに仕事用の顔に切り替わり引き出しから出た。
そして今度は2番目の引き出しを開き、笑顔で俺を見つめてくる。
そこを潜るのは怖い。
けど、ガチムチポロシャツ乳首浮きボクサーブリーフおじさんの逆鱗に触れるのはもっと怖い。
変態の圧力やばすぎるだろ。
「さあさあ!」
「わ、わかったから、あんまり急かすなって!俺は今なぁ、高飛び込みするときよりも緊張して――」
「すみません! 私、芸人さんがうじうじして飛び込まないあの絵面めちゃくちゃ嫌いなんですよ!」
「ちょ、おま! この変態筋肉お化けがぁぁあぁあぁあ!! 俺は米俵じゃねえぞ!」
未だ名前も知らないおじさんに担がれると俺は引き出しのその奥、ダンジョンへと侵入し……
◇
「冴えないニート男子だった俺は覚醒。チートスキルで成り上がっていくのだった……なんてな」
「何ボソボソと言っているんですか? そんなことよりも……ふー、着いた着いた!魔法の力ってすげー!」
「科学の力おじさんを変態筋肉パンツおじさんがパロディーするのほんとに止めて」
「すみません。でも、これくらいの冗談笑って吹き飛ばせるくらい身体の充実を感じませんか?」
「言われれば確かに身体が軽いような……」
「実は実は……なんとダンジョンへの侵入でステータスが獲得できたんです! 驚きました?」
「いや、ダンジョンで魔石集めって聞いたときからステータスとかレベルとかスキルとか魔法とかはいけんのかなって思ってたし……そもそもおじさんが机から出てきたり、俺の名前知ってたり、緊張感なくすみたいなことしたり、明らかに日常であり得ないことしてたから別に驚きも何もないかなって。あのぉ、日本という漫画文化の発展著しい国でニートなんてしてる人間なら、異世界転生でも何でもある程度受け入れ態勢はできてるはずなんです。だからそんなに大声出して驚くようなことを期待されるとちょっとなぁって……正直ダンジョンっていうゲームみたいな空間でワクワクドキドキしていたところにそんな空気感を出されるとやる気っていうか、モチベーションが萎んでくんで、できれば自然体の俺を楽しんで欲しいというか、多分お父さんのちょっかいを嫌がる女子高校生の娘とかと俺の今の気持ちは一緒で……つまりおじさんは若い人に好かれにくいことやってるから止めた方がいいと思います。はい」
「あの……もしかして論破系配信者リスペクトしてます?」
「いえ、そんなつもりはないですよ。ただおじさんの態度が――」
「もう、もういいですから! 取り敢えず専属スタッフとしてこれから一緒にお仕事するのでこれを受け取って……あと、ステータスの表示をしてください。心の中で念じれば大丈夫ですから」
「バッチ?まぁいいや。それよりもステータスステータスぅうっ!当たりこい当たりこい当たりこい……」
『ステータス』
―――――
名前:高下彰
基本レベル:1
攻撃力:10
防御力:5
魔法威力:10
ユニークスキル:はぐれもの
通常スキル:なし
魔法:なし
反映グレード:0
―――――
すげえ、本当に目の前にステータスが表示されたわ。
それはそれとして……
「これ……当たり、だよね?」
「えっとぉ、そのぉ……。い、一旦バッチ返してもらってもいいですか?」
「おじさんさぁ……。無理矢理連れてきたんだから少しはフォローしろよ! ……。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! なんで明らかに俺得な世界なのに、なんではぐれものになんなきゃいけないんだよ! 泣くぞ!おもちゃを買ってもらえない子供みたいに泣くぞ!」
「ま、まぁ、もう契約は済んでいますからリストラはないですよ。明日からは自分じゃない誰かが専属として迎えにきてくれますし、ですし――」
「だからおじ、いやあんたはフォローしろって!」
「……。じゃあ早速モンスター倒してみましょうか!さあさあサクっとお互い仕事を済ませましょう!」
「見切るのが光速なのよ……。もういいや。取り敢えずここの仕組みを教えてくだせえ」
お読みいただきありがとうございます。
この作品が面白い、続きが気になると思って頂けましたら
下の☆を★にすることで評価、またブックマーク登録を頂けると励みになります。
どうかよろしくお願い致します。