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EP 59

まだ、杏の姿はない。掘りごたつ式の座席。2人、真向かいに座った。

「やっちゃん、この前は迷惑掛けて本当にごめんね」

真っ赤な目で、壱花は言った。

「そんなことない。ってか、大丈夫なのか? あれからジェインさんのところに帰ったのか?」

顔を歪めながらも、弥一はなんとかジェインの名前を出して訊いた。

「ううん、帰ってない。ずっとレイラさんちにお世話になってて」

小さく、壱花にはわからないように息をついた。ほっとしたのもある。けれど、直ぐにもその気持ちは打ち砕かれてしまった。

「帰る前に、やっちゃんとちゃんと話さなきゃって思って」

その強さに嫌な予感がした。ジェインと壱花の仲が壊れて離婚でもすれば、自分にチャンスが回ってくるかもという気持ちが多分にあったから。ジェインが浮気でもすれば、きっと壱花は許さないはずだ、とも。

けれど、そういう考えは、苦痛と崩壊への第一歩だ。浮気をし壱花を苦しめた自分自身の首を絞める考えでもあるし、壱花が愛するジェインの浮気は、壱花が最も苦しむ要因にもなるだろう。

あの夜のこともある。もう壱花が、苦しむ姿を見たくなかった。

「……うん」

力なく、頷いた。

その時、ノックとともに杏が入ってきた。

「遅れちゃってごめんなさい」

そして、さっとコートを脱ぐと、素知らぬ顔で弥一の隣に座った。

「で?」

杏の短い催促。

「お呼びたてしてしまってすみません」

「そういうのは良いから。で? 離婚するんでしょ?」

「おい、杏!」

弥一が諌める。これ以上、壱花に傷ついて欲しくなかった。

けれど、壱花は弱々しくとも、真っ直ぐに前を向いて言った。

「ごめんなさい。離婚はしないです」

杏の冷ややかな表情が、さらに冷たいものへと変わった。ぴくっと眉が跳ねたのに、弥一は気づかない。

「あら、どうしてなの? こんな嘘っぱちな結婚。ジェインはあなたなんか愛していないわよ」

「嘘っぱちな結婚じゃないんです。私も納得して結婚したんです」

「なんでそんなことしたんだよ?」

弥一も気をつけてはいたが、気持ちが高ぶってしまい、責めるような口調になってしまった。分が悪いのは、壱花だ。一対ニの様相を呈している。しかも、ぷるぷるといつも弱々しい壱花、だ。

「好きだから。それでも良いかなって思ったの」

杏が、コップに入った水を飲み干して、そして言った。

「ジェインはねえ、伯父さまの結婚しろ攻撃をかわすために、あなたを利用したのよ。こんな婚姻バカげてるわ。もし、離婚ってことになったら、壱花さん、あなたにバツがつくのよ。それをジェインは容認した。利用しただけよ。ただの契約でしょ? それこそ、ジェインがあなたを軽んじているっていう証拠じゃない。愛されてないわよ、あなた。他の女どもの中の一人なのよ!」

空になったグラスをガンッと置いた。

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