EP 56
『抱きたくて仕方がなかったんだよ。本当はね』
思い出すと、身体がかっと熱くなった。
愛されたい。
愛されたいのだ。
それも、弥一ではなく、ジェインに。ずっと愛し合い、ずっと抱き締めていて欲しい。
「明日、帰ります」
ほっとしたのか、レイラの表情が柔らかくなった。
「それが良いね」
頷きながら、野菜炒めを食べる。そんな時に、レイラが言った。
「ジェインもそうそうやられっぱなしじゃいられない性格だから、そのうち弥一くんにも伯父さんにも、一発くれてやるんじゃないかな」
しれっと怖いことを言うレイラを前にして、壱花は白米を喉に詰まらせるところだった。
✳︎
「そうだ、皿を洗うんだった」
何をするにもぼーっとしてしまう。ジェインはスポンジに洗剤をつけ、シンクの中に放ってあったマグカップを洗った。このマグカップは、壱花と買い物に行った時に買ってきた、ペアのものだ。
そこここにある壱花の痕跡を見つけるたび、ため息しか出ない。契約結婚とはいえ、幸せな日々が思い出されてどんと落ち込んでしまう。
「はあぁ、どうにかして誤解をとかなくちゃ。ってか誤解はとけたんだっけ?」
水道をひねる。水でマグカップや皿を洗うと、水切りかごに入れた。手をタオルで拭き、リビングのソファにどかっと腰掛ける。
日曜日。
珍しく、急を要する仕事もない。
「あーあこういう時に限って、時間が過ぎるのが遅いんだよな……今日も壱花ちゃん、帰ってこないのかなあ」
だからと言って、出かける気にもなれない。壱花が戻ってきてくれると信じて、家を留守にしたくなかった。
「……契約結婚だなんて言うんじゃなかった」
それならすぐにも離婚できる、そんな印象を持たれたかもしれない。ジェインの中では、伯父の結婚攻撃から逃れる作戦の一つではあったが、とにかく壱花を自分だけのものにしたくて、契約結婚という形で申し出てしまった。その時は一石二鳥の妙案だと思ったが、今の結果を踏まえると、果たしてどうだったのか。
これが本物の婚姻だったなら。顔を両手で覆った。
「こんなことになるくらいだったら、ちゃんと付き合ってからプロポーズして結婚すれば良かったのかな。ってか、会社が終わってから壱花ちゃんと一緒に帰っていれば、こんな複雑なことにはならなかったのに……」
今さら遅いが、そうしておけば自分があの夜、杏と会ってしまうこともなく、そして壱花が弥一と会うこともなかった。
(そういえば、なんで和田くんは、あんなところで壱花と一緒にいたんだろう?)
そこに気がつくと、気が狂いそうになるくらい、嫌な気分になった。




