EP 35
そろりと入っていって、ジェインの横に滑り込んだ。元カレを前にして、生きた心地がしなかった。
けれど、そう思っていたのは壱花だけだったのだろうか。
「壱花……結婚おめでとう」
弥一の暗い第一声。さらに緊張感が増す。表情が強張っていくのが自分でもわかった。
「あ……ありがとうございます」
弥一の表情は読めない。付き合っているときには、常に弥一の顔色を窺っていたが、けれどもうそんな必要もないのかと思い直した。小さく、息を吸った。
「こちら営業部の、高杉 杏さん。SOTに入ったばかりの新人で、壱花もその、……知らないと思うけど」
どこか歯切れの悪い弥一の紹介に気づきながらも、壱花は胸ポケットから名刺を出し、差し出した。もちろん、杏も同じように差し出してくる。
「高杉 杏です。よろしくお願いします」
「……草壁 壱花と申します。よろしくお願いします」
名刺には、『草壁 壱花 イラストレーター』との肩書きが記載されている。ジェインの言う通り、自信を持たなければいけない。壱花は、元カレ弥一と美人の杏を前にしても、それでもと、胸を張った。
けれど、その後のジェインが発した言葉で、壱花が弥一や杏に持った印象を覆されるとは思いも寄らなかった。
「壱花、杏はね、俺の幼馴染なんだ。小学校から高校までずっと一緒だったんだけど……まさか杏がSOTに入社しているとは、思ってもみなかったよ」
「ジェインがいるからと思ってSOTに入社したのに。リサーチ不足だったわ」
残念そうに顔を歪ませる。
「杏は優秀なくせにちょっとそういう抜けたところがあるよな」
「嘘、ヒドイ!」
わはははと笑う。壱花も少し微笑んでみる。すると、杏と目が合って、どきっとした。けれど、杏は視線を離さない。じっと見つめられていて、微笑みで返していたけど、居たたまれなくなって視線を外した。すると、今度は弥一と目が合った。
それは無機質な視線。冷めた目と言ってもいい。自分とジェインとの結婚が気に入らなかったのだろうか。それとももう、弥一の中では吹っ切れていて、自分の結婚なんてもう関係ないとでも思っているのだろうか。どちらにせよ気分は複雑だろうと理解はできたが、針のむしろ的空気に、壱花は降参の旗を上げたい気分だった。
それにしても、杏だ。
(すごく綺麗な人だな。モデルさんみたい……ジェインさんのこと、もしかして)
嫌な予感は当たるものだ。特に女性の感は鋭い。壱花は、恋愛に疎い方だったが、なんとなく自分を見る杏の視線が、自分を値踏みしているみたいな気がして、胃が痛い思いがした。
だが、次に杏とジェインとの間で交わされる会話で、そんな気持ちは一蹴された。




