プロローグ モラルはないんですか
「魔法レンジ操作?」
「はい、それがあなたに与えられたギフトです。」
大仰な細工の台座に据えられた水晶を覗き込む神官は、眉間にシワを寄せてそう言った。努めてため息を吐くのを抑えているのだろう落胆の表情だった。
「それはギフトとしては‥えっと、どういう評価に」
「他には。」
恐る恐る尋ねる俺を遮り、圧を感じる声は神官に続きの報告を命じた。
「クラスは魔力タイプのマジックキャスターで、一通りの初級魔法を扱えます。ただ、容量と成長性に何かしら異常がある可能性が‥。」
「よい。私見を述べよ。」
この神官はもはや俺と会話するつもりはないらしい。俺はこのアウェーで一人、この水晶をつかって品評されるだけ。
値踏みされている不快感。しかもどうやら評価も雲行きが怪しい。
「魔力容量が小さく、並列や連続の使用は不可能。充填力はそこそこあるので二呼吸程度で再度の使用は可能と思われますが、問題なのが成長性が皆無ということです。」
この世界の常識がない身ではあるが、どう聞いてもよろしくない評価に聞こえる。成長性が皆無?鍛えに鍛えてもなかなか強くはならないってことか?
そう考えていると、肥満気味な大臣とやらが神官に同じことを聞いてくれた。
神官は首を振り、成長の芽がそもそも無く、鍛錬や魔物との戦闘を経たとしても、容量は変わらず、新たな魔法を得る事も無いだろうと。戦力的には王国軍一兵卒に劣るとの予想を告げた。
神官の後ろ。階段状に高くなる位置から、これまた大層大仰な玉座にふんぞり返っていた初老の王様とやらは、抑えもせずにため息を吐いた。
手前勝手に人を異世界から召喚しておいてその態度はないのではないか?あんたらのやったことは拉致以外のなにものでもないだろうに。
王様は何を言うでもなく、こちらを一瞥もせずに、側近と共に部屋を出ていってしまった。
俺を呼び出した時は、なんとも胡散臭いスマイルと演劇じみた口上で、世界を救う使命とやらを語っていたが、どうやら俺は奴の望む道具としては不合格だったらしい。
まあ不合格評価は別にいい。唐突に、強制的に、平凡な日本の一般的日常に暮らしていた俺を、こんな文化も技術もモラルも発展していないファンタジー世界に拉致っておいて、期待に応えたいなどと誰が思うか。
俺にとってそんなことより重要で問題で業腹なのは、直後に兵士たちの手により、まるで勝手に城に入った部外者のような扱いで城から放り出された事だ。
お偉方は俺を見限ったその瞬間から、俺の存在が目に映らなくなったかのように、お偉方通しで今回の召喚にかかったリソースが無駄になったことに憤慨し、責任をそれぞれに押し付け合いながら解散していった。
俺の両側を固める兵士も俺と会話をする気はないらしく、俺の質問を無視しながら突然俺の腕を背中にひねり上げ、通用門からポイと捨てるように追い出して扉を閉めた。
もちろん抗議はしようとした。返答は門扉越しに突きつけられた槍の穂先だった。
どうやら俺は国の一大事に一か八かの賭けで行った異世界召喚を台無しにし、大事なリソースを泡沫に変えた無能として城の人間皆からヘイトの対象になっているらしい。
かくして俺は寝姿であるタンクトップとトランクスのまま、それ以外の何一つも持たずに、汚い町並みに置き去られたわけである。
大変に不本意極まりないが、城の近くは身の危険を感じたため、俺は城から離れるようにあてもなく歩いていた。
思考がまとまらないが不思議と怒りが湧いてこない。
これからどうするか考えなければならないとは思っているのだが、すぐに思考が真っ白になり振り出しに戻る。
あまりにも理不尽が過ぎる現状に単に混乱しているだけなのかもしれない。
喉が渇いた。
どの程度歩いたか分からない。ふと井戸を見つけた時に強い渇きを覚えた。
ふらふらと近寄り、古びた木のツルベを引き上げる。
重い、表面がヌルつくそれを高く掲げ、大口を開けて傾けて、頭から水を引っ被った。
冷たい。悪い味はしない。臭気も無い。鼻に入って痛い。少し気管にも入った。
ああ、目が覚めた。
俺は井戸端にへたり込んで、ゼイゼイと息を切らしながら大きく目を開けて青い空を仰いでいた。
俺はどういうわけかここにいる。これは夢じゃない。
思考に土台が据えられたのを感じた。
これから一つずつ自分の状況を並べて組み立てて、これからを考えるにあたって、その前に目標を仮決めしよう。
元の世界への帰還。
城の奴らへの復讐。
いいや、後でいい。
まずは、生きよう。
これまで田舎ぐらいでしか見ることのなかった、青く澄んだ大空を見ながら、俺は自分の大きな鼓動を聞き、それを守ることを第一目標にした。