三.オルゴールは歌う
オルゴールはクリスマスプレゼントに最適な人気商品だ。
音楽を聴くにはお金がかかる。生活のために働いている人は毎日が忙しくて、演奏会へいく暇もない。
だが、お金持ちでなくても、小さなオルゴールなら購入できる。
誰もが我が家の居間でネジを巻くだけで、ステキな音楽を聴くことが叶うんだ。
この魔法玩具工房には、オルゴール作りに必要な材料がそろっている。
親方も僕もオルゴールは専門じゃないけれど、オルゴール箱の細工や人形が動くカラクリ仕掛けを作るのに、オルゴール工房と共同制作したこともある。
オルゴールの専門職人が描いた設計図を元に組み立てたのだ。
そのとき親方は、僕にオルゴールの作り方を、基本から教えてくれたのである。
流れ星を捕まえたその夜から、僕は食事の時間も忘れて作業にかかった。
解体したクラヴィトーの、彫刻板の使える部分を継ぎ合わせ、蝶番や鍵には金属部品を再加工した。
こうして僕は、オルゴール装置を入れる筐体となる箱を、二日間で組み上げた。
オルゴールの種類はさまざまだ。
高級な鍵付き宝石箱から人形が踊るからくり仕掛けまで、デザインは無限にあると言っていい。
僕のイメージしたオルゴールは普通の箱形で、シンプルなシリンダータイプだ。
シリンダーとはオルゴールの音を奏でる装置の部品、金属の円筒のこと。
オルゴールのネジを巻いてスタートスイッチを押せばシリンダーが回転し、表面のピン状突起が金属製の櫛歯を弾いて曲を奏でる。
箱はできているのだから、シリンダーと櫛歯をベッドプレートという金属板に組み立てたオルゴール装置を入れて、ネジ留めすれば完成なのだが――。
親方の部品棚には、これまでに作ったオルゴールの筐体やシリンダーのサイズ見本が置いてある。
たとえば、一つのシリンダーで有名なクラシックの名曲を三曲演奏できるもの。これはシリンダーの位置を三回ずらすための切り替え装置が付いた高級品だ。
あとは、誰もが知っている童謡の一節を繰り返す小型オルゴールから、辻オルガン師がオルゴール工房へ権利ごと売り渡した名も無き三十秒のメロディーまで数種類。
こちらはサイズも価格もお手頃なタイプだ。うちの魔法玩具工房では、毎年契約しているオルゴール専門工房からまとまった数の部品セットを買い取り、からくり細工のオルゴールを量産している。
親方には好きな部品を使って良いと、許可はもらったけど……。
「オルゴールの曲……メロディー……どんな曲にしよう?」
箱の大きさに合わせてシリンダーは太めのサイズを考えていた。
一回転の演奏は五十秒くらい。櫛歯は七十二弁のやつ。櫛歯の数が多いほど、音色は豊かになる。ここにある中では最高級のシリンダーだ。
ためしにサンプルのシリンダーをオルゴール箱の中に置いてみた。
サイズはぴったり。蓋を閉めてもスペースは十分だ。内張にビロードを張れば空いているスペースは宝石箱にできる。
よし、これと同じサイズで作ろう。
「でも、曲は、こんな既製品じゃなくてもっと特別なメロディーがいいな。できれば、櫛歯の数も多くしたいし……」
僕は工房の中をウロウロ歩き回った。
どうすれば『最高の』オルゴールになるのだろう。
僕は、流れ星玉の瓶の蓋を開け、中身をザラザラと木皿へ出した。
流れ星玉は、水晶よりもっと冷たく透明で、その蒼白さは夜明け前の空にも似ている。うまく模様へ埋め込めば、すごく豪華になる。
ただし、見た目ばかり派手にしてもだめだ。肝心の音楽が箱の美しさに釣り合わなければ、一個のオルゴール作品としてのバランスが悪くなる。
オリジナル曲のシリンダーを作るには、ピンの付いていないまっさらのシリンダーへ、櫛歯の楽譜となるピンを打っていく。これがすごく手間と時間がかかる。
音を奏でる櫛歯はシリンダーに合わせて用意する。つまり、その曲に必要な音階だけで構成された櫛歯を作るのだ。
さらに、その音を調整するには、熟練のオルゴール職人でも難しい、非常にデリケートな技術がいる。
親方でさえ、高価な一点物のオルゴールは特別注文がなければ製作しない。
僕の知る限り、僕が入門してから親方は特注オルゴールを作っていない。ぜんぶオルゴール工房と共同制作していた。
いまこの工房には、一点物の豪華すぎるオルゴール作品はない。ストックの楽譜はオルゴール専門工房から譲り受けた量産品のものばかりだ。
いまから僕がオリジナルの櫛歯を作成するには時間がかかりすぎる。クリスマスプレゼントに間に合わない。
やっぱり今回は特別な曲はあきらめて、既製品を使ったほうがいいかな……。
「いや……待てよ」
そもそもこの魔法玩具工房には、なぜいまもオリジナルオルゴールを櫛歯から作るための道具と材料がそろっているのだろう。
オルゴール専門工房に依頼する方がよほど安上がりだというのに。
「そういえば、前に何か……」
工房の書棚には、からくり仕掛けの設計図や、玩具のデザイン画やらが納めてある。
古い書類挟みに、手書きの楽譜があったはずだ。
あれはオルゴール用の楽譜じゃなかったかな?
印刷された楽譜が普及しているのに、手書きの楽譜は珍しい。
もしかしたら親方が、貴族や大金持ちからの依頼で音楽家に作曲してもらったのかもしれない。
僕は書棚から、革で表紙を張った大きな書類挟みを抜き出した。
縦横三十センチはある黒い表紙の綴じ紐をほどき、中の書類を上から順番にめくって探すと……。
「あ、これだ!」
いちばん下に、それはあった。
曲名はない。
音符を目でたどる。僕は楽器は弾けないけれど、音符や音楽記号は少しわかる。
この魔法玩具工房へ入門してすぐの頃、音の出る玩具作りに必要だからと、音楽や歌の基本知識をおかみさんが教えてくれたんだ。
ソ・ファ・ミ・ド・レ……。明るくてテンポが良い、短めの曲のようだ。見本の棚にこの曲のオルゴールは無かった。これならサンプルの櫛歯を少し調整すれば演奏できる。
「なんとなく、どこかで聞いたことがあるような気もするけど……あ!」
楽譜の右下にあるサインは、おかみさんだった!
きっとこれが、クラヴィトーで弾いて聞かせてもらった曲なんだ。
僕が作るオルゴールはこの曲しかない!
クラヴィトーで演奏されたときは、どんなふうだったっけ。
できればそれに近い音色を、櫛歯を調整することで再現したいけど……。
「クラヴィトーはもう無いし……」
僕がため息をついたとき、ふわふわ飛んできたシャーキスが僕の頭をポンポン叩いた。
「るっぷりい、ご主人様、その曲を聴きたいのですか?」
「うん。でも、クラヴィトーは解体しちゃっただろ。形が残っているのはこの箱に使った板くらいだから、もう音が出る楽器には戻せないんだよ」
「るるっぷりい、ぷう! でも、クラヴィトーの精さんならまだいます。ご本人に歌ってもらえばいかがでしょうか?」
「クラヴィトーの精だって?」
クラヴィトーはバラバラになっちゃったのに、そんなのがいるのか?
僕が首をかしげている間に、シャーキスは飛んでオルゴールの箱の上に浮いた。
「るっぷ、ご主人様、その楽譜を前に置いてくださいな」
僕は言われたとおり、手に持っていた楽譜をオルゴールの箱の前へ置いた。
シャーキスはオルゴールの蓋の上を右手でポンポン叩いた。
「クラヴィトーさん、クラヴィトーさん、この曲を歌ってくださいな!」
オルゴールの箱が震えた。
「るっぷりいッ、ぷう!」
シャーキスが、ポーンと高く飛んで、箱から離れた。
かすかな音がした。
金属の薄い板を叩いたときのひびき。
あるいは弦楽器の弦をつま弾いたとき、空気を伝わってくるひそやかな振動が。
それは徐々に大きくなり、はっきりしたテンポの良いメロディーとなった。
この上なく美しく、心地よい音色が工房中に響きわたる。
これはクラヴィトーの音だ。
おかみさんがクラヴィトーで弾いてくれたのはこの曲にまちがいない。
作業台の上で、蒼白い光が湧き上がった。
木皿に出した流れ星玉が輝いている。
流れ星玉が一つ、宙に浮かんだ。
これは魔法だ。
僕にクラヴィトーの精は見えないけれど、空気を震わせるこの音色が、流れ星玉の持つ魔法に作用していることはわかる。
オルゴールの蓋がパカッと開いた。
そこへ、流れ星玉が、ヒュッ! と吸い込まれた。夜空を駆け抜ける流れ星さながら、蒼白い光の尾を引いて。
僕が目を見張っている間に、流れ星玉はつぎつぎ宙に浮かび、箱の中へヒュッ、ヒュウッ! と、吸い込まれていった。
その光景を、僕は、どのくらい眺めていたのだろう。
「るるっぷ、ご主人様、クラヴィトーさんの歌が終わりましたよー!」
シャーキスが目の前に降りてきた。
もう音楽は聞こえない。
木皿の流れ星玉は、一つ残らず無くなっていた。
そのときだ。
キン、カラ、コロコロ、
リン・リリ、リ・リン……。
いきなりオルゴールの演奏が聞こえ始めた。
「どのオルゴールが鳴ってるんだ?」
僕がキョロキョロすると、シャーキスが作業台の上へ飛んできた。
「るっぷりい、ご主人様の作ったこのオルゴールに決まっています!」
「まさか、まだ未完成なのに……?」
でも、この曲は、クラシックのサンプル品じゃない。
さっきまでオルゴールの箱が歌っていたクラヴィトーの音色とメロディーだ。
リ・リン、リン、リ……。
僕はシリンダーが一回転するのを待ってから、作業台のオルゴールに近づいた。
スイッチを止める。
オルゴールのシリンダーは蒼白い半透明な色に変わり、一回り大きくなった。表面に突き出たピンも同じ半透明な材質に変化して、数も増えているし、ピンの配列まで変わっている。
試しに置いただけだったオルゴール装置自体も、しっかり固定されていた。四隅を留めるのはシリンダーと同じ、蒼白い半透明のネジだ。
他の部分に使われているネジや留め具類も鋼ではなくなった。すべて流れ星玉が変化したとしか思えない貴石細工になっている。
「シャーキス、君が魔法を使ったのかい?」
これは僕がイメージしていたオルゴールのデザインとは少し違う。
シリンダーが大きくなったから、箱の内側を宝石入れにするスペースがなくなった。
これは曲を演奏するためだけのオルゴールボックスだ。仕上がりは完璧だけど……。
シャーキスは、両手をぶんぶん上下に振った。
「るっぷ! とんでもない、ぬいぐるみ妖精は魔法で玩具を作れません。魔法玩具師はご主人様じゃないですか!」
「僕は魔法でオルゴールを作ろうとしたんじゃないよ。それに、クラヴィトーの精だって見えなかった」
「るっぷりい、クラヴィトーの精はご主人様が箱に変身させてあげたではありませんか。だから懐かしい歌を歌えたのですよ。ご主人様の魔法はすごいのですから、もっと自信を持ってください!」
「そうなのかなあ……」
僕はオルゴールの蓋を閉じた。
オルゴールは完成した。
流れ星玉を箱の装飾には使えなかったけれど、シリンダーは、僕の想像以上にきれいな音色を奏でるすばらしいオルゴールにできあがった。
申し分ないはずだ。――僕がすべてを手作業ではなく、思いがけず魔法を使ってしまったという以外には。
名前を呼ばれた気がして振り返ると、工房の入り口から親方とおかみさんが心配そうにこちらを覗いていた。
「音が鳴っていたが、オルゴールができたのかな。とにかく、これから食事にするから、いったん休憩しなさい」
「はい。いま行きます!」
僕はオルゴールボックスを持ったまま、工房を出た。
廊下を食堂へ行こうとしたら、親方は居間へ入っていく。
居間とつながった大きい食堂の食卓に、すごいごちそうが並んでいた。
普段の食事は台所の食堂で食べるが、大きい食堂を使う日は特別な日だ。
そうだ、今日はクリスマスイブだった!
オルゴール作りに夢中で、ツリーの飾り付けも、ごちそうを作る手伝いも、すっかり忘れていた。
親方とおかみさんは、そんな僕を、黙って見守っていてくれたんだ。
シャーキスが僕の頭の上にポスンと着地した。
「るっぷりい、ご主人様、そのプレゼントはクリスマスツリーのところへ置いてきましょうか?」
「うん、頼むよ」
僕はオルゴールを頭上へ掲げた。
「るっぷッ! おまかせください!」
シャーキスはオルゴールを持ってツリーの方へ飛んでいった。
こうして僕は、親方とおかみさんといっしょにクリスマスイブの食卓に着いて、ごちそうを食べたんだ。
その翌朝、クリスマスツリーの根元には、僕が寝ている間にプレゼントの箱が山積みになっていた。
僕は親方とおかみさんからたくさんのプレゼントをもらった。
しかし、僕がなによりうれしかったのは、オルゴールボックスの蓋を開けたおかみさんが、流れ出たそのメロディーに顔をほころばせたときだった。
〈了〉





