二.流れ星のつかまえかた
空から落ちてくる流れ星を拾うなんて、親方の「もったいない」は、僕の「もったいない」とはスケールが違いすぎやしないだろうか。
「そうさ、ちょっとそこで待ってろ」
親方は工房の、道具をしまってある納戸から、大きな麻袋を取ってきた。
「こいつはな、光を集める道具なんだ。ちょっと磨けばピカピカになるぞ」
親方は麻袋から直径四十センチはありそうな円形の鏡を取りだし、僕へ渡した。いや、ガラスの鏡じゃなかった。とても軽い金属製だ。
「この銀盤を地面に置いてな、流れ星の姿を映せば、流れ星を捕獲できるんだぞ」
銀盤の表面は鏡のように僕の顔を映している。どう見ても鏡だ。僕が銀盤を裏向けたりしていると、
「おっと、そうだ、流れ星をおびき寄せるには、星の形をした砂糖菓子の『コンフェッティ』がいるんだった!」
親方は食料庫から、淡い黄色の粒が詰まった小瓶を持ってきた。
お砂糖を固めたお菓子の金平糖だ。ポルトガルという国で発明されたお菓子で、日本にもある。日本にはずっと昔、戦国時代に伝来したそうだ。
ポルトガル語でコンフェイトウというのが、この国ではコンフェッティ、日本語ではコンペイトウに変化したそうだ。
「ふっふっふ、こいつを囮餌にするとなー、そりゃあもう、流れ星がたくさん落ちてくるのだよ」
親方はニヤニヤしながら、コンペイトウの小瓶を僕に渡した。
こんなので本当に流れ星が捕れるのかな?
少しだけ不安に思った僕は、台所の椅子に座ってコップを拭いているおかみさんの方を見やった。
おかみさんはニコニコして、僕らの方を見守っているから、流れ星の話は親方の陽気な冗談ではないのだろう。
この銀盤は僕の知らない魔法が特別に込められた、すごい魔法道具なのかもしれない。
夜が更けると、外はいっそう冷え込んだ。
僕は温かいコートを着て中庭へ出た。
葉が落ちたぶどう棚の横のひらけた場所へ、ピカピカの銀盤を置く。
それから小瓶の蓋をあけ、銀盤の上へコンペイトウをパラパラ撒き散らした。
「るっぷ、ご主人様、お菓子をばらまいてはいけませんよ。悪い子になってしまいますよ?」
家からシャーキスが飛んできた。僕の頭の上にぽんと乗っかったのが、銀盤に映ってる。
「違うよ、これで流れ星を捕まえるんだよ」
シャーキスに説明していると、居間の窓が開いて、親方がひょいと顔をのぞかせた。
「流れ星はまっすぐ落ちてくるからな。その銀盤へ流れ星の光が映るようにするんだぞ。角度を変えるのはいいが、傾けすぎたらコンフェッティが落ちるから気をつけろよ」
親方は窓を閉めたが、ガラス窓からもれる灯りで僕のいる場所は明るく照らされている。
親方は窓辺にいた。ヴィン・ブリュレのジョッキ片手に見物する気だ。
僕だって寒いのに。僕はおかみさんに頼んで、熱いチョコラーテを作ってもらおうかな……。
コトン。
足下で音がした。
天空を見上げて流れ星を探していた僕は、下を向いた。
地面に置かれた銀盤の、ピカピカの鏡のような真ん中あたりに転がるコンペイトウの横に、初めて見る蒼白い玉。
形はコンペイトウそっくりだ。丸みのあるとげとげまで付いているけど、コンペイトウじゃない。
いつの間に載っかったんだろう?
蒼白く光る色合いと真珠のようなつやは、そこらへんに落ちている石ころではなさそうだ。もしかして、これが流れ星……?
コトン、カタタッ……。
音と光に驚いてまばたきしたら、また新たに蒼白く光る玉が銀盤に転がっていた。
どこから現れたんだろう?
僕はジッと銀盤に目を凝らした。
ふっ、と鏡面が蒼白くかがやいた。
天空に流れ星が出現したんだ。
あっ! と思ったときには、蒼白く光る玉が現れていた。
こんどは三個。
それぞれ近くのコンペイトウによりそうように並んでいる。
トン、カタン!
蒼白く光る玉が、つぎつぎと銀盤の上に、音を立てて転がった。
この頃になると僕も玉が出現する瞬間がわかるようになった。
コンペイトウの傍に青白い影が浮かぶ。ぼんやり光るそれが次の瞬間、コンペイトウそっくりの形に固まる。
ピカピカの銀盤は、鏡のような表面に流れ星の光を映すと、その弱い光を集めて小さな玉の形にギュッと固める魔法の道具なんだ!
トンッ、トトン、コトン。
銀盤の上に、小さな蒼白い星が生まれる。
キラキラ光って転がって。
キン、カタ、ト、トン、
カタ、カタリ……。
コーンッ、コン。
一回はずんで、またくるり。
僕はしばらく息すらとめて、黄色いコンペイトウのそばに蒼白い玉が増えていくのを見守った。
リン、リン、リン、
リン、リリ・リーンッ……。
リズムはまるで三拍子。
金属が鳴る澄んだ音は、オルゴールの音色にも似て……。
「おおーい、ニザ、ほどほどにしなさい。風邪を引くぞ。流れ星は夜明けまで降るんだからなー」
親方に呼ばれて、僕はハッとした。
銀盤の上で、黄色いコンペイトウと流れ星のこどもたちがキラキラ光る。
それにさっきのあの音とリズム。
金属板のやわらかな音色で短い曲を奏でるオルゴールみたいだと思ったんだ。
「そうだ、オルゴールなら作れる!」
楽器は演奏できないけれど、オルゴールの作り方は知っている。
あの解体したクラヴィトーを材料に、クラヴィトーの音色をオルゴールに生まれ変わらせるんだ。
僕は薪小屋に立てかけた、彫刻のある響板の一部を見つめた。
親方が心を込めて作りあげた、世界でただ一つの鍵盤楽器クラヴィトー。
最後はていねいに時間をかけて解体した部品の山は、小さなオルゴールを作るなら十分な材料だ。
あのクラヴィトーに染みこんだおかみさんの思い出を、最高のオルゴールに変身させるんだ。
そうして月が中天にかかる頃、僕の足下に置かれた銀盤には、コンペイトウに混じって蒼白い光を放つ玉がたくさん増えていた。
コンペイトウのほうは、形に変化はなかったが、色が少し薄くなった気がした。
僕は銀盤をそろりと持ち上げた。
コンペイトウと蒼白い玉は鏡面にくっついたように動かない。少しくらい傾けてもだいじょうぶだ。
僕はお盆のようにささげもって工房へ運び、作業台の片隅に置いた。
親方が見に来た。
「おー、上出来だ。たくさん流れ星玉が採れたなあ。うまく光が映らないと一個も採れないこともあるのに、たいしたもんだ」
「これは何に使えるんですか」
「なんでも使えるよ。ニザのアイデア次第だ。魔法玩具の作り方に制限なんか無いんだ。これは全部おまえのものだから、好きに使いなさい」
僕は、オルゴールの箱の飾りや、人形のアクセサリーに使えそうだと考えているのを話した。
「箱の飾りは良いね。だが、アクセサリーはおすすめしないな。そいつはダイヤモンド並みに硬いが、深いキズをつけると壊れてしまうんだよ」
むかし、親方もおかみさんに流れ星玉の首飾りを作ろうと考え、魔法玩具用の工具で穴を開けた。
ところが穴が開いたとたん、そこから星の光が漏れ出して、しずかに消えてしまったという。
「だから大きなキズが付かないように金属の爪で上手に留めるか、埋め込めばいいんだ。ときどき月の光に当ててやると、いつまでも光りつづけるよ」
親方の説明を聞いた僕は、いくつか流れ星玉を拾い、つぎにコンペイトウをつまんでみた。見た目はなんともないから、まだ食べられるだろうと思ったのだが……。
「あ、そのコンペイトウはだめだぞ!」
親方が止めたときには、遅かった。
僕が指でつまんだコンペイトウは、ボロっ! と、崩れた。
「え、ええ? どうして?」
慌ててつまんだ二個目、三個目も、ザラザラの粉になっちゃった!
「あーあ、流れ星はな、コンペイトウを食べて結晶に変化するんだよ。もう中身はスカスカで、砂糖の味はしないぞ」
親方を信じないわけではないが、試しに指に付いた粉をなめてみた。
――本当に甘くないや。
なめていたら口の中で溶けたけど、冷たくない氷をなめたような気分だ。
「ニザ、好奇心もほどほどにしとけよ。毒じゃないが、食べ過ぎるとお腹をこわすからな。流れ星の玉だけ取って、あとは処分しなさい」
という親方は、たぶん、お腹をこわしたことがあるんだろう。
僕は大きな色つき瓶を持ってきて、流れ星玉を回収した。
流れ星玉は二百二十二個あった。
銀盤に残ったコンペイトウは、作業台の上を掃くための小さな箒でまとめてゴミ箱へ掃き落とした。