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クロイス  作者: あさり
第三章 六月
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きらいがある

 晩ご飯を終え、せめて俺が食器を洗おうとしたが知佳に阻止され先にお風呂に入るよう促された。


 なので今は浴槽に浸かっている。


「ふぁ〜今思えば風呂って何日ぶりなんだろ……」


 ふと疑問に思った。


 あかりが身体を拭いてくれた記憶はある気がするが、浴槽に入れられた記憶はない。


 考えるのが怖くなったので考えるのをやめる。

 みんなに臭がられてないかだけが心配だな。


「にしても……知佳、か……」


 あれから一度も知佳からあかりに戻ったのを確認出来ていない。

 知佳の情報も少な過ぎる。

 名前と兄が居ることしか分からない。


「普通に聞けたらいいんだけどな──ん?」


 脱衣所からガサガサという音がする。


「お兄様、お背中お流しに参りました」


 ドアの向こうからは知佳の声。


 別に頼んでないんだけどな。


 なんて思っているとドアが開き、バスタオルに包まれた知佳が現れる。


「ちっ、知佳!?」


 俺は急いでフェイスタオルで息子を隠す。


 完全に油断していた。

 まさか何も言わずにドアを開けるだなんて。


「ご、ご迷惑……でしたでしょうか?」

「め、迷惑じゃないけど、きょ、兄妹でそういうのはお兄ちゃん良くないと思うんだ」


 とてもじゃないが、目を合わせて会話が出来ないので首だけは知佳とは真逆になる。


「迷惑でなければ知佳も失礼します」


 ドアを閉め風呂場に入ると、俺の入っている浴槽にも入ってくる。


 当たり前だが浴槽のお湯は少し溢れ、緊張からか更にお湯が熱くなったように感じる。

 俺は急いで胡座をかき、知佳とは触れないように左に詰める。


「昔はよくお兄様とご一緒に水浴びをしましたよね」

「そ、そうだったか?」

「むぅ。お兄様はお優しいのに少々忘れっぽいきらいがあります」


 見なくても顔を膨らませているよが分かる。

 ここ数時間、知佳は怒ると「むぅ」と拗ねるように怒るのだ。


 い、今嫌いって言われたか?


「き、嫌い?」

「お、お兄様のことは……その……だ、大好きです」


 横目から見ると怒っていたのが顔を赤くして恥ずかしがったり、と感情豊かだ。


「そんなことより、ほら! お背中お流し致しますので湯船から上がってください!」


 恥ずかしさを隠すようにして俺に上がれと促す。


 このままじゃ息子を見られてしまう!?


 と思っていたが気を遣ってくれているようで、壁側を見ていた。


 堂々とシャワーの前にある椅子に座ると、知佳も浴槽から出てくる。

 曇っている鏡越しに火照った身体が見える。

 兄妹と言う枷がなければどうにかなってしまいそうだ。


 なんてね。俺にはそんな度胸はない。


「お兄様……また大きくなられましたね」

「な、何がだ?」


 え、まさか見られた!?


「お背中のことです。昔はよくお兄様が知佳をおんぶしてくださりました……懐かしいです」


 知佳は俺の背中に抱きつく。


「本当……ご無事で何よりです」


 すすり泣く声。

 悲しい過去があるのだろうか。

 俺はそれよりも背中から伝わってくる感触を必死に堪えている。


「無事ってなんかあったっけ?」

「お兄様。知佳を気遣っているのは分かりますが、あまりご無理をなさらないように。大変な戦争だった、と宗悟さんから聞いておりました」


 戦争……知佳は戦時中の設定なのか。

 大して歴史に詳しくないが、そこら辺も忠実に倣っているのだろうか。


「あ、あぁ……戦争ね。あの戦争の名前なんだったかなー」

「ご自分が参加した戦争の名前すら覚えてらっしゃらないなんて……お兄様と言えばお兄様ですね。第一次世界大戦、ですよ」


 第一次世界大戦……何時代だ?


「もう一つ恥を忍んで聞くが、今日は何年の何月何日なんだ?」

「大正九年の六月十五日です。お兄様ったらすぐ日付も忘れてしまうんですから。しっかりしてください」


 ぷんぷんと怒り俺の背中から離れると、ゴシゴシと背中を流してくれる。

 怒っているからかちょっと力が強い。


 疲れたのか背中を流す手が止まる。


「戦争もひと段落しましたし、知佳たちの故郷、端島へ帰れるといいですね」

「端島だって!?」


 俺は振り向き、知佳を見つめる。

 その動作のせいで息子を隠していたフェイスタオルがポタリと落ちた。


「お、お兄様!? ま、前! 前ッ?!」

「あぁ、すまない」


 冷静を装い床に落ちたフェイスタオルを拾い上げ息子を隠し、再び知佳を見るが俯きながら顔を真っ赤にさせ固まってしまう。


 これ以上は聞けなさそうだな。


「俺は先にあがってるよ。部屋に居るから何かあったら呼んでくれ」


 背中にはまだ泡がついたまま俺は逃げるように風呂場から出る。


 そして、着替えも済ませ脱衣所から出た瞬間「むぅ〜〜〜!!!」という声を押し殺して恥ずかしがっている声とバタバタともがいている音が聞こえたような気がした。

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