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クロイス  作者: あさり
第三章 六月
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みらい

 次の日の朝。

 笑顔な陽先輩と機嫌が悪そうな月先輩が玄関に居る。

 休みなのに二人とも制服姿だ。


 陽先輩の笑顔が怖い。

 笑っているのに何故か般若を彷彿とさせる。


「い、いらっしゃいませ」

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。こんなこと二度としなければ、ですが」


 陽先輩は私が着けた盗聴器を親指と人差し指で摘んでいた。

 そして、それを笑顔で潰す。


 まるで「次やったら盗聴器のように潰して差し上げます」と言いたげだ。


 私の体温がぐっと下がった気がする。


「隠してた陽が悪い。あかりさんは気にしないで」

「んなっ!? お姉ちゃんじゃなくてあかりさんの肩を持つのですか!? 昔はお姉ちゃん、お姉ちゃん。お姉ちゃんが居なかったら月生きていけない。って言ってくれたのに──」


 月先輩が私を庇い、陽先輩はその言葉を聞いて笑顔から驚きに変わっていた。

 それから何やら陽先輩はずっと言い続けている。


「ま、まぁ。とりあえず中へどうぞ」


 玄関で姉妹喧嘩をされても困るのでうちにあがってもらう。


 ソファにはいつものごとくお兄ちゃんが寝転がっており、今は起きてるみたい。


 私たちは食卓の方へと座った。

 月先輩は姉の隣に座りたくないようで、私の隣に座っている。


「……き、昨日の話は本当なのですか?」


 恐る恐る訊ねる。


 訊ねてから先輩たちにお茶も出していないのに気付いて立ち上がろうとしたが、月先輩が私を掴んで首を左右に降った。


「何処まで聞いていたかは分かりませんが、ひまり先生がカエデくんを赤子にした要因だと思っています」

「幽霊、というのも本当なのでしょうか?」


 ひまり先輩を殺せない原因の一つがこれだ。


「完全な確証はありませんが、恐らくは……」

「殺しても意味がない、ってことですよね」

「ふふっ、私も初めは息の根を止めようと考えましたよ」


 私があんなに意を決して考えていたのに、陽先輩ときたら……なんと言うか流石だ。


「ちなみに……解決策は?」

「ごめんなさい、今のところは」


 原因は分かっても究明には至らなかったらしく、陽先輩は座りながら深々と頭を下げる。


「あっ、いえいえ! 本当のことを聞けただけでも十分です。お茶お持ちしますね」


 私は自分の胸の辺りに両手を出し左右に振って謝るのを止めるよう言って立ち上がり、今度こそお茶を出そうとすると何故か二人も立ち上がる。


「いえ、今日は大丈夫です。それだけ言いに来たので」

「私も戻って寝る」

「そうですか? お忙しい中、ありがとうございました」


 私は二人に向かい深々と頭を下げる。


 制服姿なのでこれから学校に向かうのかな。

 でも月先輩は寝るって言ってたから帰るのかもね。


「何も出来なくてすみません。でも必ずカエデくんを元に戻してみせます。安心していてくださいね」


 陽先輩は右手を握り拳を作り、決意を漲らせ、先輩たちは家を後にした。


「陽先輩は、ああ言ってくれたけど私が何とかしなくちゃ。お兄ちゃん、私頑張るからね」

「あぅ?」


 不思議そうに私を見つめている。


 お兄ちゃんは知らなくてもいいことだからそれでいい。


 私はお兄ちゃんをお兄ちゃんの部屋に寝かせると自分の部屋に戻る。


 何も連日お兄ちゃんを見ていたから疲れたと言う訳では無い。

 お兄ちゃんを元に戻すために自分の部屋に戻ったのだ。


「私に力を貸して……」


 手の指と指を絡めるようにしてそう願い、私は本棚にある茶色く煤けた本を取り出した。

 本の名前は「クロイス」とローマ字で書かれている。

 いつからこの本が存在していたのか、誰が私の本棚に入れたのか。


 ううん、誰が入れたのかは分かる。


 クロイスの書を広げてみるが、中身は真っ白で何も書かれていない。


 勉強机にある椅子に座り深呼吸をする。


「みらいちゃん……お願い。力を貸して欲しいの……前回は荻野姉妹が何とかしてくれたけど、今回は手詰まりなようで……連鎖強盗でも力を貸してくれて疲れてると思うけどお願い……」


 私しか居ない自分の部屋の中で、みらいちゃんの名前を呼び、お願いをした。

 みらいちゃんは私の妹……になる存在だった。

 でも産まれる前にお母さんのお腹の中で息絶えてしまい、いつの間にか私の中に存在していた。


 お兄ちゃんは鈍感だから気付いていない。

 私しか知らない私の秘密。


「いいよ。お兄ちゃんの卵焼きが食べられないのは勿体ないし」


 私の口が無意識に動き喋りだした。


「今回だけだからね? あっ、でも何があっても私は責任とらないよぉ?」


 こくりと頷く。


 お兄ちゃんが元に戻せるなら何でも良かった。

 これ以上耐えられない。

 このまま先輩たちが解決するのを待っていたらお兄ちゃんの記憶が完全に無くなってしまい本当のお兄ちゃんじゃなくなってしまいそう。


 最悪の事態は何としてでも阻止したい。

 くだらない、と笑い合える日常を取り戻すために。


「分かったよ……本当に大丈夫?」


 みらいちゃんが心配そうにして私に訊ねる。


 私は、再びこくりと頷く。


 すると、私の視界は真っ白に染められた。


 それから私が産まれるよりも前であろう、この街の風景。

 行き交う人々、戦時中なのか開けた場所で訓練を行う男性の姿。


 どんどんどんどん時が流れていく。


 現代に進んだかと思えば、未来に……


 大きくなった私や、お兄ちゃん、それにみさとちゃんや陽先輩、月先輩の姿。


 年老いた私たちの姿。


 そして、近代化が進んだこの街の景色──


 そこで私の脳は処理しきれなくなってしまったのか、ぷつりと糸が切れたかのように勉強机に突っ伏してしまう。

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