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クロイス  作者: あさり
第三章 六月
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決定打を叩きつけられたい?

「困りましたね」

「困ったのはこっちの方」


 全速力で月のことを追い掛けて、今私たちは月の住むマンションに居る。


 いきなり追い掛けられた上に、家にまで押しかけられて物凄く迷惑そうな顔をしていた。


 でも、それもまた愛おしい。


「どうやら、ひまり先生は知らなそうですし……ですが、どう考えても彼女がカエデくんをあのようにした要因なんですよね」


 迷惑がる月を横目に、私はソファに寝転がり思考を巡らせていた。


「月は部室で異変が起きたのを見ていたのですよね?」

「先生がカエデくんを噛んだ後、青く光ってた」


 ハッキリと断言している。


 月が見間違えることはない。

 だったらひまり先生が噛んだことに意味があるのか、偶然が重なったのか。


「人の齢を吸い取る吸血鬼……な訳ありませんよね」

「ん、そうだったら吸われた時になってるはず」


 そう言いながら、あの月がお姉ちゃんのためだけにお茶を出してくれた。


 もう一度言います。


 あの月がお姉ちゃんのためだけにお茶を出してくれた!


 何だか久しぶりな気がして目からは涙がでそうになります。


「……コホン。月、貴方も丸くなりましたね」


 平然を装い、いつもの私を演じる。


「それはお互い様」


 確かにその通りだと納得して笑ってしまう。


 中学の頃に一度だけ彼と会ったことはありましたが、あの時の彼は形容し難い姿でした。

 それから高校で再開した彼は、とてもイキイキとしていて安堵すら覚えてしまうほど。


 そんな彼に今度は私たちが救われてしまうだなんて、なんともおかしな話ですよね。

 

「これからどうしましょうか……」

「帰ってくれると有難い」


 何やら帰れと言われていますが、カエデくんのことは八方塞がりで少しでも案を出しておきたい。


 もとい……もう少し月と一緒に居たい。


「何か決定打になるものがあるといいのですが」

「聞いてる? それとも決定打を叩きつけられたい?」


 月は少し語尾を荒らげて怒りをあらわにしている。


「ほ、ほんの冗談ですよ。彼女の行動を少し探ってみます。私はそろそろ──」


 これ以上長居をするのは月に申し訳と思って立ち上がると違和感に気付いた。


 胸元には何やら見慣れないものが付着している。

 それと気付きにくいようにしっかりとカモフラージュもされているなんて。


 自分の口元に人差し指を当て、月に黙るようジェスチャーする。


「やっぱり月の家に泊まります! あ、ちょ、ちょっと、月!?」


 折角、月が入れてくれたお茶が入っているティーカップを手にし、自分の制服にかける。


 水没したことを確認し、濡れた制服を脱ぐ。


「あかりさんです。はぁ、あの時ですか……すっかり騙されてしまいましたよ」


 制服に着いていた盗聴器を剥がし、つい昔のことを思い出して笑ってしまいます。

 あかりさんは本当によく出来た妹さんですね。

 兄に対する愛は誰よりも一番でしょう。


「どうする?」


 あかりさんのことを考えていると、月が訊ねてくる。


「今日は泊まりますね」

「そんなことは聞いてない……」


 だと思いました。


「着替えを頂けますか? 制服をクリーニングに出さないといけませんし」


 幸いにも明日はお休み。

 あかりさんにもうバレてしまったので明日の朝一番に色々と伝えなければいけません。


「ん、これ使って」


 テーブルに洋服ブランドの紙袋が置かれる。


 それを手にし、中のものを取り出すと花柄のワンピースでした。


「ありがとうございます。ん〜、月の香りがしますね」


 本当は月の匂いはしない。

 代わりに買ったばかりの新品な服の独特な匂いがする。


「未使用。あと返さなくてもいい」

「残念です。月からのプレゼントだと思っておきますね」


 分かってはいたけれど、改めて言われると余計に残念な気持ちになる。


 誕生日の近い私のために買っていたのでしょうか。

 そんな訳ありませんよね。


「勝手にして」

「勝手にさせてもらいますね」


 月からのプレゼントだと思うと嬉しくて、紙袋を抱きしめてしまう。


 流石にそのままでは帰れないので制服のスカートも脱ぎ、月がくれたワンピースに着替える。


 私たちは一卵性ということもあり、殆ど体型は同じだ。

 なので服の貸し借りも可能なのだが、荻野という窮屈な鳥籠の中で育った私たちは一般の家庭のようなことはしたことがなかった。


「……少しキツいですが、太りましたかね」


 胸周りが少しキツかった。

 あかりさんの作ってくれたご飯が美味しかったせいで食べ過ぎてしまったのでしょうか。

 それにこの服は去年売っているのを見かけた気がします。


「私が痩せただけ」


 悪態をつかれたような気がした。


「そういうことにしておきましょうか。それでは、また」


 自然と笑みが溢れ出る私は、制服を紙袋に入れると、月の家を後にする。


 マンションから出ると玄関の前には呼んでいないのにタクシーが停まっていて、そこにはスーツを着た男が立っている。


 男は私に気が付くなり頭を下げ、後部座席の扉を開けた。


「はぁ、本当に荻野というのは窮屈ですね」


 誰にも聞こえないよう、ぽつりと呟く。


 そして、何も言わずタクシーに乗る。

 男も何も言わず運転席に座ると、目的地に向かって走り出した。

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