つぶつぶ
今日は一限目から体育だったな。
気付けば制服に着替えていたように俺はスクールバッグを手にしていた。
「カエデ!」
何やら俺を呼ぶおっさんのような声がする。
「きっと、美里が居ないせいで幻聴が聞こえてしまったのかな」
それにしても本当に俺の家に置いておいても大丈夫なのだろうか?
顎に手を当てて考える。
陸上部のみんなと距離を置くことですぐに襲われる心配はないのかもしれない。
だが俺の家の者でない人が俺の家を行き来していたら近所の人に特に美里のおばさんにも不審がられそうだ。
何よりおばさんは俺を信頼して美里を預けてくれたに違いない、それなのに自分のうちに寝たままって言うのも何だかなー。
「おい、カエデってば!」
また聞こえた。
「さって、さっさと教室行くかなー。でもこの時間に行っても誰もいなそうだよな」
「カエデってばあぁぁぁあ!」
気付けば涙を流した健が俺の胸ぐらを掴んで何度も揺らしていた。
どうやら声の正体はコイツのようだ。
「ん、何だ。健か」
「何だとは酷くないか!? どんだけ呼んでたと思ってるんだよ……」
俺に唾が飛びそうな勢いで驚いたかと思うと肩から脱力するように落ち込んでいる。
忙しいやつだな。
「何でこんなとこに居るんだ?」
「そりゃこっちのセリフだ。校門前で何つぶつぶ呟いてんだ。考えごとか? まさか、美里様に何か!?」
落ち込んでいたかと思うとまた驚いて俺に更に迫る。
生徒の数も増えてきたので俺たちがそういう関係だと勘違いされそうだ。
なので俺は身の危険を感じて少し距離をとった。
「つぶつぶじゃなくて、ブツブツな。美里は連休前から相変わらず何も変わらん。今は─」
俺の家に居る、と言いたかったが誰が聞いているのか分からないし健が押しかけられても面倒だから困る。
「いいか、誰にも言うなよ。荻野先輩のお父さんが経営している病院に入院している。ちなみに面会も出来ない」
健の耳元に近付いて近況情報を教えた。
少し前の情報だし荻野先輩のお父さんが居る病院が何処なのかきっと分からないだろう。
それに言い方を少し変えたのであながち全てが嘘ではない。
「本当か!? あぁ〜オレ様が四六時中、二十四時間面倒診てやりて〜」
自分で自分の体を抱きしめながら震える健はそのまま奇妙な歩行をして学校に消えていった。
「なんだったんだ……」
もしかしたら健なりに美里のことを心配して俺に話しかけてきたのだろうか。
それで特に何もなく無事だと分かって安心したんだろう。
しばらく登場していなかったというのにあっという間に消えていったな。
てか四六時中と二十四時間って同じ意味だぞ……。
俺はそう心の中でツッコんだ。
☆
美里が居ない学校は退屈で一限目の体育で力尽きた俺は突っ伏したまま眠り、気付けば午前の授業が終わっていた。
いつも美里とご飯を食べていたがあの日から俺は部室でご飯を食べるようにしている。
別に友達が居ない訳でもないがいつも参加してない輪の中にわざわざ行くのも邪魔をするような気がして申し訳なくなるのだ。
「あっ」
今日はどうやら月先輩もここでご飯を食べるようだ。
自分の膝にお弁当を置いてその包みを解こうとしていた。
「朝ぶりですね。一緒にご飯食べてもいいですか?」
「うん」
「それじゃ失礼して」
俺もパイプ椅子を用意して先輩と同じように包みを解いた。
お弁当はあかりが作ってくれたものなので必然的に中身は同じものが入っている。
意識したら何故か恥ずかしくなってきたので俺は急いでご飯を食べることにした。
「どう、美味しい?」
首を傾げて月先輩は訊ねる。
どうやら先輩も俺と同じ思考に辿り着いたのか少しだけ頬を赤らめていた。
「そうですね。朝飯もほとんど食べれなかったので余計に美味いです」
「よかった」
何故か安堵の表情を浮かべて嬉しそうにも見えた。
「って、もしかして月先輩が作ったんですか!?」
急いで食べていたのでよく味わっていなかった。
月先輩が作った物だと意識すると物凄く恥ずかしくなってくる。
「そうだけど分からなかった?」
さも同然に答えている。
そう言われるといつもより味付けが少しだけ甘い気がする。
だけど甘過ぎず丁度いい。
流石一人暮らしをしているだけあるのかな。
全く料理をしている風には見えない部屋だったけど。
「あ、あかりと変わらないくらい美味しいので気付きませんでした。言われて初めて少しだけ甘いかなーって思いました。あ、でも微々たる差なので!」
「カエデくんはしょっぱい方が好き?」
少しだけ甘いと言う言葉が気になったのか首を傾げて先輩は俺に訊ねる。
「どちらかと言うと甘党です。なのでとっても美味しいですよ」
「そう」
甘党派だと分かったからか少しだけ安堵の表情を浮かべていた。
もしかしたら、今日の晩御飯も先輩が作ってくれるかもしれないな。
「そういえば美里を診てくれている看護師さんってどういう人なんですか?」
「親代わりとして私たちの面倒を見ていた」
俺の質問を躊躇いもなくただただ淡々と答えている。
「そうだったんですね……」
ってことは陽先輩が母親を殺してからか。
「別に気にしなくていい。でも本人の前でババアなんて言ったら殺されるから気をつけて」
そっちのことを心配していた訳ではないのだが、月先輩なりのジョークもいうやつだろう。
俺は苦笑いを浮かべて相槌を打つことしか出来なかった。
「そういえば今朝、陽と何を話していたの?」
今度は月先輩がご飯を食べながら俺を見ずに訊ねている。
訊ねてくるということは、月先輩なりに嫉妬をしているからなのだろうか。
きっとヤキモチを焼いていたに違いない!
な訳ないか。
「ええと、陽先輩もうちに泊まるとか言い出してましたね。たぶん冗談だろうけど」
「冗談ならいいけどね」
月先輩は含みがある言い方をして俺を見つめる。
俺のことを好きで見ているのならばどれだけ良かっただろうか。
まるで今日帰ってみたら陽先輩がリビングに座ってお茶を啜っているようにしか思えない反応なのだ。
「ま、まぁ生徒会も忙しそうですし、俺の家はじいさんの部屋を月先輩が使ってますしもう泊まれる部屋なんてありませんよ」
使ってない部屋と言えば物置になってしまってる親父の部屋くらいだ。
「私がカエデくんの部屋に行く」
「え、一緒に寝るんですか!?」
月先輩の衝撃の一言に俺は驚いた。
確かに下に布団を敷けば一緒に寝れるけど思春期の男女が一夜を共にするのは些か間違いが起こらないとも言いきれない。
「カエデくんはリビングで寝る」
「デスヨネー。まぁ本当に泊まりに来るなら最悪それでいきましょうか」
俺が喋り終わったと同時に予鈴が鳴る。




