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クロイス  作者: あさり
第二章 五月
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扱いが荒い

「もう出てきてもいいですよ、月」

「……ほんと妹遣いが荒い」


 助手席の下から月が現れる、カエデにバレないよう隠れていたようだ。

 のそのそと月は助手席に座る。

 どうやら体制が悪かったのか腰を痛めたらしく摩っていた。


 その光景をタクシーの運転手は一切気にする様子もない、何故なら荻野の息がかかった人間だからだ。


「ドッペルゲンガーは?」

「どちらも消滅、恐らく本体は美里さんの元に」

「そう」


 結果がどうなったのか気になる月は陽に訊ねると陽は起こったことを簡潔に伝える。

 荻野姉妹はどちらもあれがドッペルゲンガーだと仮定して行動していた。

 もし、陸上部に居た荻林が本物ならそれはそれで良かったし、偽物なら急いで美里の元に向かうと決めていたのだ。


「あっちに沢山現れたって連絡が来た」

「はぁ、やっぱりそうでしたか。どちらも消えた時点で怪しいとは思ってましたが沢山現れているだなんて……急いでください」


 溜め息を吐き頭が痛くなったのか右手で額を抑えながら運転手に急ぐよう伝える。

 運転手は返事はせずにただスピードを速めるだけだ。

 そうして数分後には目的の大学病院へと辿り着いた。

 ここは表では大学病院として大学生や教授などが日々医療について学び、切磋琢磨している場所として使われているが美里のために今は荻野の関係者しか使っていない。


 辺りには沢山の荻林の姿をしたドッペルゲンガーで埋め尽くされている。


「お出迎えですか。こちらのドッペルゲンガーは倒しても問題ありませんよね」

「任せた」


 陽は優雅にタクシーから降りて月に話し掛ける。

 月は素早く出ると一言だけ呟き、ドッペルゲンガーを掻い潜りながら病院の中へと向かう。


「お姉ちゃん扱いが酷い気がするんですけどね。そう思いませんか、カエデくん?」


 タクシーの中で未だに寝ているカエデに声を掛ける。

 別に聞いて欲しい訳ではなく、ただ言いたかっただけなので彼女は気にしている様子はない。


「が、ガウガ──」


 ただ殺したいという欲求だけが具現化しているような存在だ。

 陽を見るなり荻林のドッペルゲンガーは狼の如く吠えまくっている。


「ここまで来ると最早ドッペルゲンガーではなく、獣や怪物みたいですね」


 陽は何処からかナイフを取り出し構えている。

 人の感情をなくしたこの者たちを処分するためだ。


「ふふ、カエデくんがこれを見たらビックリするでしょうね」


 陽は客観的にこの状況を考えてみると可笑しくなったようだ。

 一度構えるのを止めるとクスクスと笑いが込み上げてきた。

 だがその隙をドッペルゲンガーが見逃す訳がない、一斉に陽に向かって襲いかかる。

 こちらは武器を持っているがあちらは大群、例え何体か倒せたとしてもいつかは陽がやられてしまう。

 もし、この状況を運転手意外の誰かが見ていたのならばそう思っただろう。


 その構えを一度止める仕草が全て計算された動作だったからだ。

 飛びかかってくるドッペルゲンガーをひらりと躱して背中にブスリとナイフを入れる。

 すると刺されたドッペルゲンガーは血も出ずに消滅した。


「綿でも刺しているような感覚ですね。やっぱり研究のために一体くらい持ち帰りましょうか」


 ドッペルゲンガーという存在に興味を示したのか笑顔でぽつりと呟いた。

 もし、自分のドッペルゲンガーや月のドッペルゲンガーを作ることが出来るのならば、と考えているに違いない。


 ドッペルゲンガーは増え続けることはないので一方的に陽が殲滅していく。



 ☆



「早くしないと」


 月は誰も居ない病院の階段を駆け上がる。

 電気は通っていてエレベーターを使えるものの待ち時間が長いのでそんなものは悠長に使っていられない。 

 それに中にドッペルゲンガーが仕込まれていると考えると余計に使えないのだ。


「くっ……」


 三階に上がる途中、折り返しのところにドッペルゲンガーが沢山湧いていた。

 ここで戦うと時間がさらにロスをする、そうなれば美里の居場所がバレてしまい殺されかねない。


「はぁ、カエデくんの周りの子は本当に迷惑を掛ける」


 小さく溜め息をしてから月は全身に力を入れて気合を入れる。

 そうして壁を蹴って走り出した、いわゆる壁走りだ。


 ドッペルゲンガーもそんな月の行動を見逃すはずがなかった。

 必死に手足を掴もうと襲い掛かる。


 しかし、月も馬鹿ではない。

 腰元にぶら下げてある手榴弾をドッペルゲンガーに数発落とした。

 たちまち辺りは爆発に包み込まれ、月は手榴弾の爆風を利用して廊下を駆け巡る。


「つまらぬ者を爆発させてしまった」


 後で手榴弾を補充しないといけないのは面倒、と考えると少し憂鬱になっている。


 だがそんなことを考えている暇はない。

 この先の一番奥に美里が居る病室がある。 

 ドッペルゲンガーも本物の荻林もそれに気付いているのか気付きはじめているのだろう。


「居た……」


 美里の病室に美里以外の一人の女が居た。

 五月だと言うのにベージュのコートを羽織り、美里を恨めしそうに見つめている

 それはもちろん。


「荻林先輩」

「もう来てしまったのですね。あと少しで東堂さんを殺せたというのに」


 彼女は落胆した。

 美里を自分の手で殺せると思っていたのに邪魔が入ったからだ。


「貴方は本物? それとも偽物?」

 

「あなたがそれを知る必要はありませんよ!」


 コートを靡かせる。

 その中にはノコギリやナイフなどの沢山の刃物が収納されていた。

 すると彼女は適当に一本握ると月の元へと投げる。

 その投げたナイフは真っ直ぐ月目掛けて進むと思いきやナイフの持ち手を誰かが握っていた。

 それは荻林先輩のドッペルゲンガーだ、ドッペルゲンガーは軌道を変えカーブを描くように月へと襲いかかる。


「面白い芸当」


 月は少しだけ口角が上がった。

 荻林の作戦が面白かったのだろう。

 襲いかかってくるドッペルゲンガーをひらりと躱すと手首を掴んでその場に叩きつけた。

 ドッペルゲンガーは痛がるけれど消えはしない、なのでナイフを奪って心臓を一突きにする。


 こんな面倒なことをしなくても不死身な月は無視をして突っ込めばいいだけなのに何故かそれをしない。


 理由は二つあった。

 ひとつは、自分が不死身だと気づかれたくないこと。

 もうひとつは、ドッペルゲンガーは無限に出せるのか調べることだ。


 幸いなことに荻林は月が居るせいで美里に手が出せない。

 少しでも気を許すと接近しかねないからだ。


「これならどうでしょうか」


 大量のドッペルゲンガーが月に覆いかぶさった。

 荻林のドッペルゲンガー一人の力では月をどうにかすることはできない。

 しかし、流石に不死身の月だと言えどこの数の暴力には勝てなかった。

 必死に抵抗をする月だが手足を拘束され首を絞められ次第に息が出来なくなっていく。


「流石に貴方でも多人数には適わないようですね。さて、東堂さん。今まで散々邪魔をしてくれましたね。ですが、それも今日で終わりです」


「や、やめ……て……」


 月が掠れた声を絞り出す。

 だがそんな声は荻林には一切伝わらない。


「せめて最後は私の手で……」


 コートからナイフを取りだし、それを美里の胸へと近付けた。

 しかし、それを後ろから羽交い締めをして止める者がいた。


「なっ、何で私のドッペルゲンガーのくせに。なんの真似なの?」


 それは荻林のドッペルゲンガー、けれどただのドッペルゲンガーではない。

 カエデの家で過ごしていたドッペルゲンガーなのだ。

 どうやら彼女は本来の願いを叶えて元の荻林の中に戻り、さらに美里を元に戻したいという願いを叶えるために再び具現化した。

 

「させない! こんなことをしたって誰も喜ばない!」

「誰も喜ばないですって? 私が私だけが喜べば全て上手くいくに決まってる!」


 羽交い締めされている荻林は左右に振って必死に抵抗をする。

 絶対に離さまいとドッペルゲンガーの荻林もがっちりと掴んでいる。


 しかし、それを荻林は許す訳がない、後頭部を使って頭突きをするとドッペルゲンガーが一瞬よろける。

 その隙を見逃さず、持っていたナイフでドッペルゲンガーの荻林を辺り構わず突き刺した。

 血が溢れ出てその血がベッドに、美里の顔に張り付いた。


「はぁはぁ……じ、自分の姿をしたモノを殺すのには抵抗がありますね。けどもう邪魔者は居ない。苦しまないように一突きで殺してあげます」


 荻林は握っている手を更に握り力を入れると美里の胸に向かって今度こそ一突きにしようとする。


「させない」


 今度はドッペルゲンガーではなく、月が向かってきてナイフを握った手を切り裂いた。


「いたっ──」


 荻林は突然襲ってきた手の痛さに耐えられずナイフを手放してしまう。

 また自分の邪魔をするドッペルゲンガーが現れたかと思い振り向くと月が居て荻林は驚くしかなかった。


「どう、して……生きて──」

「貴方には関係ない」


 疑問に思っていた荻林だったが、わざわざ種明かしをする必要がないし何より伝えるのが面倒な月はぽつりと呟くと荻林の顔面を掴み、そのまま床へと叩きつけた。


 荻林は悲鳴を上げる前に気絶をした。


「はぁ、これで終わればいいけど」


 血の付いた美里の顔を自分の持っていたハンカチで拭いながらそう呟いた。

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