一番、百番
「おおっ……これは凄い」
風呂から上がってリビングに戻るとテーブルには和洋中、様々な料理が並べられていた。
晩御飯を済ませたって言うのに良い香りが鼻を刺激してまた腹が減ってくる。
「た、大した物は作れませんでした」
「いや、十分凄いです!」
さっき俺の額に当たった豆腐は俺の耳を掠めたやつらと一緒に調理されていて餡掛け豆腐になっていた。
和食が多かったうちでもあまり作られない料理だったので素直に嬉しい。
いつもはそのまま味噌汁になってたからな。
「ご飯がないのが悔やまれるぜ……食べていいですか?」
「く、口に合うか分かりませんがどうぞ」
待ちきれない俺は先輩を見つめる。
すると荻林先輩は不安そうにモジモジさせながら右手を前に出す。
「私も見てたらお腹空いてきたけど太るから明日の朝に頂きますね。お兄ちゃん、全部食べないでよ!」
「分かってるって。それじゃ、いただきます」
あかりは食べたそうにしていたがさっき晩御飯を食べたばかりなので脇腹をつまみながら我慢していた。
まずはずっと気になっていて俺に逆らった餡掛け豆腐を頂く。
程よいあまじょっぱさが口の中に広がり、俺は幸福で満たされる。
「美味い……」
気付けば言葉を漏れていた。
「よ、良かったですぅ〜」
不安だったのか胸をなで下ろしほっとした表情を浮かべている。
「これだけの腕があるならお店が開けますね」
「じ、実は私の両親は中華料理屋をやってるんです。そのお陰かもしれません」
「もうそれは凄かったんだよ、お兄ちゃん。中華鍋がぶわわあーって!」
荻林先輩の両親が中華料理屋を営んでいることも驚いたし、あまりの興奮であかりの語彙が失っていたのも驚いた。
それにうちの近辺って意外と中華屋が多いのか?
あと中華鍋ってまだうちにあったんだな。
「これでしばらくは安泰だな」
「私もお兄ちゃんを気絶させるほどのご飯を錬成しなくて済むね。お兄ちゃん、もう食べないなら片付けちゃってね」
「あ、私も手伝います!」
まだ食べられるけどこのままじゃ全て食べてしまいそうだったので自重していると、あかりは俺に片付けろと命令する。
どうしてテーブルに並べていたのか疑問に思っていたが熱を覚ましてから冷蔵庫に入れないと食中毒になるんだったか?
俺が立ち上がり冷蔵庫に仕舞おうとすると荻林先輩も台所にやってくる。
「頼られるって嬉しいですね。私は陸上部の部長なのに名ばかりで何も出来なかったんです」
ニッコリと笑顔を見せてとても嬉しそうだった。
けれど部活では何も出来なかったのを思い出しているのか少しだけ悲しい顔にも見える。
「そんなことないと思います。部活を見学したことはほとんどないですけど、今部長をやっている方の荻林先輩は怖くて宮も怒られないようにって気を付けてましたね。それにアレをそのまま好き勝手させる訳にはいかないと思います」
言っていることはすごくシリアスな展開なのだが、俺たちはタッパーに料理を詰めて冷蔵庫に仕舞っている。
何とも不思議な状況なのだ。
「山敷くん……そうですね。でもどうしたらアレが消えるのか……」
先輩が前向きになってくれたのは良いけど、どうしたものか……。
そう悩んでいると月先輩から連絡が来る。
内容は「明日行く」それだけだった。
「どうやら解決出来そうな人が明日来てくれるみたいです」
「霊媒師とかですか?」
「いえ、両方来るか分からないけど荻野月先輩は来てくれそうです」
月先輩が来るとなれば陽先輩も来てくれそうだけどな。
「天文部の子、ですよね?」
「はい、そうです。お知り合いで?」
荻林先輩は恐る恐る俺に訊ねる。
「い、いえ。あの子は綺麗で目立ちますからね」
先輩は両手を前に出し、左右に振って否定する。
それと同時にもう二つ揺れるものがあったが、直視すると後ろからやってきている、あかりに刺されかねないのであからさまに目を逸らした。
「はぁ、私も生で見てみたかったなぁ。明日も朝から出掛けるから。お兄ちゃん、荻林先輩と荻野先輩に変なことしないでよ?」
テーブルにまだ残っていた料理を台所に運びながらあかりは羨ましそうにしていた。
確か月先輩の方は連鎖強盗の時にニュースでやっていた防犯カメラの映像では見たことがあるのだが生でまだみたことがないんだったな。
陽先輩の方はピザ屋で会ってるんだっけ。
今もまだあのピザ屋でバイトしてるのかな。
「どうしてみんな俺が変なことすると思って言ってくるんだろうな。世の中は不思議なことだらけだぜ……」
俺は天を見上げて「どうしてこの世の不思議は理不尽極まりないのか」考える振りをした。
どうせ考えたって「そういうものだ」で解決してしまう。
「まぁ何でもいいや。荻林先輩、先にお風呂入っちゃってください。着替えも私ので大丈夫……ですかね?」
あかりは先輩の胸を見ながら訊ねた。
くじ引きのスーパーボールで例えるなら一番と百番くらいの差がある。
「俺ので良かったらお貸ししますよ」
「そうだね。お兄ちゃんの服の方が良いかも」
自分の胸を抑えて落ち込みながらあかりは頷く。
三年違うんだ。きっとあかりも三年後にはボンキュッボンのナイスボディになっているに違いない。
「め、迷惑でなければお願いします」
「それじゃ案内しますね。ついでにお兄ちゃんの部屋から服借りてくから。後片付けよろしくね」
「うい〜」
それから先輩はあかりに案内されて風呂場へ向かっていく。
俺はひたすらタッパーに料理を詰めて冷蔵庫に仕舞い続けた。
終わってからは洗い物をしてそれから録画したアニメを見て過ごしているとあかりだけが帰ってきた。
「荻林先輩はお風呂に入ったら眠たくなってきたみたいでもう寝ちゃったよ」
「そうか、だいぶ疲れてたんだろうな」
俺がソファに座っていると隣に座ってきて荻林先輩が寝たことを教えてくれる。
家に帰ればドッペルゲンガーが居いて二人居るだなんて状況を両親が見たら心配させてしまうので帰る訳もいかずに、お金も尽きるまで彷徨っていたのだろう。
自分のことをあまり語ろうとしない先輩だが、ここ数日間並々ならぬ苦労をしてきたに違いない。
「もし、お兄ちゃんのドッペルゲンガーなんか出てきちゃったら私、両方とも養える気がしないよ」
あかりは盛大な溜め息を吐く。
どうして養う気でいるのか分からないし、ドッペルゲンガーの方を何とかしてくれよ。
「まぁそうだろうな。アニメとフィギュアで破産寸前になるだろうし、嫁の争奪戦にもなるはずだ」
「はぁ、最近は三次元にも目を向けるようになってくれて嬉しいけど、まだまだなようだね」
俺のアニメに対する熱意は変わらないからかあかりは呆れ返っていた。
けれど静かに闘志を燃やしているようにも思える。
「それより、お兄ちゃん。どうして荻林先輩をうちに連れてきたの?」
「どうしてってコンビニに居たんだけど制服もくたくたでずっとお菓子を眺めてたんだ。買わないのか聞いたら買えないって言っててさ」
静かな闘志はすぐに消え去り本来聞きたかったであろうことを俺に訊ねてきた。
本人の目の前でそんなこと言えないだろうし今になってしまったんだな。
「なるほどね……全く、お兄ちゃんはそうやって毎回毎回面倒事ばっかり引き寄せるんだから」
俺が答えると納得したようで再び呆れ返っていた。
「そんなに引き寄せてたか?」
自覚はない。不幸体質だったり、お人好しでもない。
よって俺は引き寄せていないのだ。
「引き寄せるって言うより引っ掛かるの方が正しいかも……はぁ」
引っ掛かると言えば連鎖強盗のこともあったせいか、あかりは言い終わると深く溜め息をした。
俺が考え無しに突っ込んでしまうから尻拭いで忙しいのだろう。
だから俺は何も言えずに黙るしかなかった。
すると、あかりは更に喋り続ける。
「別に荻林先輩は悪い人じゃなさそうだから良いけどさ、殺人犯とか愉快犯を匿ったりしないでよね? 国家転覆罪で捕まっちゃうんだから!」
それは話が大き過ぎるぞ妹よ。
「犯人蔵匿罪では捕まりそうだが国家転覆罪で捕まらんだろ」
「あ、お兄ちゃんがそんなこと知ってるだなんて思わなかったよ」
冗談で国家転覆罪って言って俺の反応を楽しみたかったんだろうけど、違うと知っていたからかつまらなそうな顔で俺を見つめてカタコトで話していた。
「たまにニュースでやってるからな」
「アニメ以外も見てるなんて偉いね……ふぁ〜関心してたら眠たくなってきたよぉ。お兄ちゃんも夜遅くまでアニメ見てないで早く寝てね。おやすみ〜」
何故か俺を褒めたあかりは眠たくなってきたようで立ち上がり手を振るとリビングを出ていく。
きっと今日は美里のために色々頑張ってくれていたのだろう。
それなのに面倒事を持ってきたのは申し訳なく思ってきた。
だけど荻林先輩をそのままにしておく方が危険だったのだ。
頭の良い我が妹ならば俺の考えを察してくれている。
「寝るか……」
俺も昨日の疲労と今日も色々動いたり動かされたりしたので疲れが溜まっている。
ソファに横になるとそのまま眠りについた。




