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クロイス  作者: あさり
第二章 五月
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ドッペルゲンガー

「影分身の術? ……まさか、荻林先輩って忍者だったんですか!? 口から炎とか水とかも出せたり?」


 突然のカミングアウトに俺は驚きの色を隠せなかった。

 俺が生まれる何百年も前には忍者が存在していたとテレビで紹介していたことがあったけどまだ居るとは思わなかった。


 でもそれにしては随分と性格の違う分身だよな。


「お兄ちゃん、先輩は真面目に話してるんだから真面目に聞いてあげなよ。忍者なんてもう存在してないんだから」


 至極普通にツッコミを入れられる。

 さっきの俺を俺もツッコミたい。

 そんな高度な技術が出来るのならば世の中分身だらけだろうし。

 学校とか仕事とかは全て分身に任せたい。


 違うとなると考えられることは一つしかない。


「影武者……ですね?」


 顎に手を当てキメ顔で言い放つ。

 先輩はそれを聞いてビクンと体を揺さぶり驚いたような困ってしまったような反応をする。


「はぁ、それも違うと思うよ。お兄ちゃんのせいで先輩が喋りづらそうにしてるから少し黙ってて」


 あかりは呆れた様子を見せる。


「あ、いえいえ、大丈夫です。山敷くんのお陰で緊張も解れてきましたから」


 先輩は自分の胸の辺りで両手を広げ左右に振る。

 それだけで気が弱くて誰にでも優しそうな雰囲気はある。

 あと胸もある、Fは手堅いぞ。


「あ、あれは、連鎖強盗が終わった日の夜のことでした……私はベッドで横になりながら何気なく連鎖強盗のまとめサイトを開いたんです。もちろんサイトは数時間前に閉鎖されていたと部員の子が教えてくれていたのて知ってはいたのですが……自分で確認しないと信じられなくて……」


 軽く一呼吸入れると、先輩は続きを話し始める。

 月先輩とは違うベクトルでおっとりとした性格のようなので失礼だろうが一日にこんなに喋ったことなさそうだよな。


「すると、いきなり自分の視界が真っ白になっていくのを感じました。あまりの激しさに私は眩しくて目を瞑り、そして目を開けると隣には私そっくりの人間が居たんです。いえ、私が居たんです」


 当時のことを思い出してか震えながらも話し続けていた。

 

「荻林先輩、もしかしてそのサイトを開いた時……ううん。開く前から何か願ったりしていませんでしたか?」


 あかりが言い終わる前に一度首を左右に振ってから間を置いて訊ねる。


「特にこれと言っては……あ、次の大会良い結果が出たら嬉しいなぁとは思っていたかもしれません。もしかして、何か関係があるのですか?」

「はい、多分その願いが具現化されたんだと思います」


 なるほど。何を言っているのか分からん。

 二人の会話を聞きながら俺はスマホで連鎖強盗のまとめサイトを調べる。

 もちろんサイトは閉鎖されていてエラー表示なのだがそんなことはどうでもいい。


 俺は必死に願う。

 けれども何も起こらなかった。


「俺の分身は出てこないんだけど?」

「お兄ちゃんは邪な願いだから一生現れないんじゃないかな。むしろその考えが半分くらい減ってくれると妹としては嬉しいんだけどね」


 妹のあかりには俺の考えが透け透けのようで一蹴されてしまう。


「だけどどうして分身なんか」


 羨まけしからんと思う反面、俺の分身も先輩と同じような怒りん坊なら苦労するだろうと考えているとあかりが喋り出す。


「分身って言い方はちょっと違うと思うよ、お兄ちゃん。たぶんドッペルゲンガーってやつだと思う」

「ドッペルゲンガー?」


 紫色のベロが長いモンスターを思い出される。

 だけどそれではないだろう。


「うん、日本語では自己像幻視(じこぞうげんし)って呼ばれたりするけど一般的にはドッペルゲンガーって呼ぶことが多いかな」


 じこぞうげんし?

 あかりは難しいこと沢山知ってて偉いなーとしか思えなくなってきた。


「自分の願いを叶えるためだけの自分が乖離(かいり)して現れることがあるのだとか。もしかしたら、荻林先輩は連鎖強盗で叶えたい大事な願いがあったんじゃないですか?」


 かいり?

 またさらに難しいことを言って本当にうちの妹は可愛いだけでなく賢い。


「わ、私は元々短距離の選手だったんです……でも去年の大会で靭帯を切る大怪我をしてから円盤に種目を変更したのですけど……中々思うように結果が伸びなくて……」


 前半は月先輩から聞いた情報で後半は知らなかった情報だった。

 確かにいきなり種目を変更して良い結果を残そうだなんて余っ程の努力と才能がなければ難しいだろう。

 大工がいきなり料理人をやらされるぐらい無理な話だと思った。


「それで藁にもすがる思いだった訳ですね」

「今思えば本当に私は愚かな人間です。例え、連鎖強盗で願いを叶えても自分の本当の力ではないのに……」


 先輩は涙ながらに胸の内に秘めた思いを伝えてくれた。


「大丈夫ですよ、先輩。それが分かってるだけで連鎖強盗をしていたやつらよりまともです。いえ、立派です。それより今は目の前のドッペルゲンガーですね。ちなみになんですけど先輩は家に帰ってはいるんですか?」


 荻林先輩は首を左右に振る。

 やっぱりか。


「それならしばらくうちに泊まっていきませんか? 私はお兄ちゃんの部屋で寝るので私の部屋を好きに使ってください」

「うん、そうだな。先輩、俺はソファで寝るので気にしないでください。あ、夜中もアニメ見て騒ぐかもしれないけど気にしないでくださいね。うちじゃ恒例みたいなものなので」


 自分のために部屋を貸すだなんて申し訳ないと思わせないためにアニメを使って納得させるよう試みる。


「ですけど……」


 やっぱり申し訳なさそうにしてそのまま喋るのを見ていたら断られてしまいそうだった。


「荻林先輩って料理できますか?」

「え、はい。一応は」


 そう考えているとあかりが先輩に訊ねる。

 どう引き留めようか悩んでいたけどナイスだあかり。


「よし、決まりだな。あかり」

「そうだね。お兄ちゃん」


 俺たちは目を合わせて頷く。

 それだけで俺たちの心は通じ合う。


「ゴールデンウィークだけの間でも良いから料理を作ってください! 美里があんな状況になってからあかりが料理する度凄いことになってるんだ。俺を助けると思ってお願いします!」


 手を合わせ拝むように先輩に懇願した。

 いきなりの行動に一度は驚きを見せたが笑顔になる。


「た、大した物は作れませんが、山敷くんたちが宜しければお願いします」

 

 これでうちのご飯事情は安泰だ。


「早速、買い物してこないとな」


 外は今さっき暗くなったばかりなのでスーパーはまだ開いている。

 そう思ってあかりを見ると様子がおかしい。


「あーうん、お兄ちゃん。それは必要ないかな」

「どうしてだ? 確か冷蔵庫になんも入ってなかったと思うけど」

「見てみた方が早いと思います」


 目を合わせようとしないあかりに疑問をぶつける。

 すると何故か敬語であかりは俺に冷蔵庫を見るように目線で促す。

 それだけでかなりの不安要素だ。


 俺は恐る恐る冷蔵庫を開けると雪崩のように食材が溢れ出る。


「なんじゃこりゃ!?」


 豆腐が俺の額を直撃して油揚げとネギが俺の耳を掠り、そこから大量の食べ物たちが俺を襲い埋もれてしまう。


「あはは、つい癖で買い込んできちゃいました。大変申し訳なく思っております」

「買い込んできたって量じゃねぇぞ!」


 食材から顔を出し俺は大声で叫ぶ。


 まるでここはスーパーかとツッコミたくなるほどの量でよくもまあちゃんと扉が閉まってて関心すら覚えてくる。

 そしてこれだけの量を運んできたあかりは凄い。

 もしかしたら、俺の妹は異次元の使い手なのか。


「さ、早速、料理した方が良さそうですかね?」

「お願いします……愚妹がご迷惑を……」


 先輩は驚いた様子で食材を眺めていた。

 俺は無事、食材の中から脱出して先輩に頭を下げる。

 三人で協力して使わない食材は冷蔵庫におさ……押し込むと俺は先に風呂へと向かう。

 普通に入るのもそうなのだが、このことを荻野姉妹に連絡するためだ。


 流石に風呂場で喋っていると不思議がられるのでメールで伝えて今日の疲れをとることにした。

 気が付けば筋肉痛はなくなっていていつもより元気な気がしなくもない。

 きっとドッペルゲンガーが衝撃的過ぎて痛みも忘れてしまったんだな。 

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