キマってるんじゃない、キメてるんだぜ
「ごめんなさい、お兄ちゃん……私のせいで……」
目を覚ますと俺はソファに横になっていて目の前にはあかりの顔があった。
どうやら膝枕をされているようだ。
あかりの柔らかな太ももが最高級の低反発枕を彷彿とさせる。
「俺は……いてて」
少し前の記憶が蘇り起き上がろうとしたが何故か体の節々が痛くて言うことを聞かない。
激辛を食べたのに喉の痛みなどは一切ない。
ただ酷い筋肉痛のように全身が痛く動かせないだけなのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「体が動かせないだけで問題ないぞ。それより重たくないか? 妹に膝枕をされるのは兄として嬉しいのだが無理しなくていいからな」
至近距離であかりは顔を見つめてくる。
心配して泣いていたのか目は充血していて顔も少し赤い。
「無理なんかしてないもん。私のせいでお兄ちゃんが気を失っちゃったんだからそれぐらいはさせてよ」
あかりは首を左右に振って否定した。
まあ本人がそう言うのならば無理に止めさせる必要はないし妹だけれどこの柔らかな太ももの感触は魅力的だ。
荻野姉妹が膝枕をしてくれてるなら太ももを撫でているところだがあかりなので自重した。
「そうか。まあ落ち着くまではコンビニ弁当にしような。それで……あれは全部食べたのか?」
恐る恐る俺は訊ねる。
あれを捨てるにせよ袋を何重にも重ねてからじゃなければ収集業者にも近所の迷惑にもなってしまう。
「うん、私は辛いの平気だからね」
あれを全部食べれるとは激辛番組とかに是非とも出演させたい。
だがそんなことすると超絶美少女として人気が出てしまう……兄としては絶対に阻止したい。
だけどテレビに出たら確実に完食出来て「激辛料理にこの人あり!」なんてレジェンド扱いされることだろう。
「うーん……」
俺は苦悩する。
本当にそれであかりは幸せなのか?
でもこの才能を眠らせておいていいのか?
考えても考えても今の俺には身体のだるさで答えを導き出すことは出来なかった。
「どうして唸ってるの? まさか中華料理の副作用!?」
心配そうに俺を見つめてくる。
この可愛い顔を見せなければ芸能界でもいけるはずだ。
今となっては肉親はあかりだけのようなものなので可愛い妹を一人でテレビを出すのは危険でしかない。
「いや、考え事をしていただけだ。あかり、お願いだからテレビに出る時は覆面でも被って出て欲しい。あと出来れば変声機も使って喋ってくれると尚助かる」
テレビであかりの素顔をバレずに激辛料理を完食する方法はこれしかなかった。
「ん??? 何が言いたいのかさっぱり分からないけど、いつものお兄ちゃんなのはよく分かったよ」
いきなり言われたからか頭にハテナを浮かべて俺がいつも通りなのを知り安心していた。
まあ誰だって同じような反応になるだろうな。
美里にも激辛を食べさせたらビックリして目を覚ますかもと思っているとあかりに伝えないといけないことがあるのを思い出す。
「そう言えば今日さ、美里がどうして眠り続けてるのか原因が分かったかもしれないんだ」
「ほんと!?」
食い気味で聞いてくれるのはいいんだが反動で太ももが上がり、俺の頭があかりのお腹に触れて俺は恥ずかしくなる。
だが当の本人は気付いてないようだ。
「あ、ああ。どうやら美里は呪いに掛かっているらしい。先に言っとくけどイヤリングにそういう効果があったとかじゃないぞ」
それで思い出してポケットからイヤリングを出しそうになるがぐっと堪える。
返すなら美里が目覚めて笑い話になってからだな。
だとすると、数年後……最悪、数十年後になるかもな。
「そ、そうなんだ……」
やっと自分のせいじゃないと認められたみたいで少し顔が綻ぶ。
「どうやら美里が弱っているのをいいことに呪いを掛けた輩がいるようなんだ……いや、正確にはずっと美里に呪いを掛けてたけど平常時の美里には効いてはいなくて弱ってる時にたまたま効いたって感じか。それで先輩達は陸上部に呪いを掛けた人が居るかもって予想をしている」
「陸上部ならレギュラーなれなかった〜とか嫉妬が多そうだしありえるかもしれないね。ましてや女の子だから尚更ありえるかも……そう考えたら連鎖強盗と少し似てるね」
あかりは納得しながら連鎖強盗と似ていると呟く。
「確かにそうかもな」
願いが呪いに変わっただけだ。
それで言うと今回の犯人も自分がレギュラーになれなかったからってつまらない思いをしてると思い込んでるんだろうな。
自分の実力を認められない可哀想な人間だ。
「私の方でも少し調べてみるね」
「あかりが無理に動く必要はないぞ? 先輩たちが動いてくれてるからわざわざ危険な目に遭うようなことはしないでくれよ」
俺の眼前であかりは拳を握ってみせる。
気合いの表れなのだろうけど月先輩のように再生したり陽先輩のように立ち居振る舞いが出来るような質ではないので無理する必要は無い。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。中学の陸上部の子にみさとちゃんを嫌ってる先輩が居なかったか聞いてみるだけだよ」
苦笑いを浮かべて俺を見る。
流石にあかりも何が危ないか何が大丈夫かなどの分別はついているようだ。
「それなら危なくはないけど美里の後輩は美里が意識不明だって知らないんじゃないか? そういう話になるのならば美里がどうしたって聞かれると思うし、聞けば悲しむと思うぞ」
「残念だけどもう噂になってるみたいで今日私のタブレットに連絡が来てたんだよね。結構心配してるみたいで軽くはお兄ちゃんから聞いたのを話したけど明日会ってまた話してくるよ。表情を見ないと分からないこともあるからね」
いつもは俺があかりを撫でるのだが今回はあかりが俺の頭を楽しそうに撫でながら喋る。
やられる方も悪くないかもしれない。
「そうか、それじゃ明日は朝から出掛けるのか?」
「うん、もしかしたら帰りも遅くなるかもしれない。お兄ちゃん、晩御飯の用意お願い出来る?」
「任せろ、コンビニ弁当適当に買ってくるからな」
俺の頭は「明日はなんのコンビニ弁当にしようか」そんな思考でいっぱいになる。
あかりが帰りがてらに買ってこようとしないのは俺が家に引きこもってしまうからだろうな。
「私はパスタにしようかな。ミートソースの!」
「了解」
話が終わると俺は重たい身体を無理矢理起こし、明日に備えて早く寝ることにした。
だが節々の痛みはなかなか取れず、ベッドに横になって天井のシミを数えながら夜は深けていった。
☆
「お、おはよう……」
「お兄ちゃん、そんなに目がキマっててどうしたの!?」
痛い体が慣れてきたのだが寝れてはいない。
最近寝不足ばかりで高校生というものは忙しいのかもしれない。
案の定、リビングに居たあかりに心配される。
「キマってるんじゃない、キメてるんだぜ」
「やっぱり私のせいで……」
安心させるために目の下に出来た青白いクマを輝かせて俺はあかりを笑顔で見つめる。
それが逆効果で自分を責めていた。
「どうせ休みでアニメしか見てないから気にするな。連休だし部活も自由参加みたいだし」
「それなら良いんだけど……やっぱり私が買ってこようかな」
「夕方になれば落ち着くだろ。それに俺は優柔不断だから実際に見てから決めたいからな」
あかりが焼いてくれた食パンを食べながら朝食は軽く済ませた。
イチゴジャムがあったので使おうかと思ったが、赤色ということもあり昨日の四川風を思い出してしまいマーガリンだけで食べたのは言うまでもない。
☆
「それじゃあ行ってくるね。何かあったらすぐに連絡するんだよ?」
「あいよ。アニメ見てて気に入らないシーンがあったら逐一連絡するわ」
心配性なあかりを俺は手を振りながら見送る。
しきりに嫌な顔をされたけど本当に送らないから安心していいぞ我が妹よ。
扉が閉まるのを確認すると俺は自分の顔を叩いて気合を入れる。
「頑張りますか」
と言っても今日やることはあかりとそんなに変わらないことに気付いた。
流石は兄妹だなーと実感してしまう。




