入校祭閉会
―― 今日は本当に疲れたな。
周囲も暗くなり大通りの人数も減ってきた。
灯りだす街灯、店仕舞いを始める出店、入校祭はもうじき終了だ。
僕は待ち合わせ場所である馬車停に向かう。
すると前方に見覚えのある姿が、
―― あ、お母さん!
今日の大戦果を報告せねばならないと、その一心で僕は叫ぶ。
「お母さんー!」
僕の声に気づいてお母さんは両手を大きく振る。
お母さんの姿を見て一安心、僕も手を振り返す。
「リト―! と、ルカー!」
―― ん?もしかして。
後ろを振り返ってみると、出店で購入したのだろうか?
大量の荷物を両手にぶら下げて、姉さんがこちらに向かって走ってきた。
どうやら、同じタイミングで全員集合できたみたいだ。
「ああ楽しかったー、ねえママ、後夜祭も参加していい?」
「ダメよ」
「えー、いいじゃん」
「あー今日の夕飯はご馳走なのにー、ルカは要らないのねー、勿体無い」
「分かった、帰る」
姉さんは入校祭の後に行われる、後夜祭にも参加する気だったらしく、止められて不服そうな態度を見せたが、ご馳走と聞くや否や、さも当然のように帰宅の意志を示した。いつも美味しい料理を作るお母さんのご馳走となれば、姉さんも迷うことはないのだろう。
「よろしい、じゃあ二人とも行きましょう。我が家に向けて出発‼」
「待ってママ。馬車もうすぐ来るよ、どこ行くのねえ。」
「歩きって言ったじゃない。あ、リトにしか言ってないか。」
―― あ、そういえばそうだった。
先程までの楽しかった時間から一転、地獄の徒歩帰宅の始まりだ。
馬車では30分かかった、徒歩だとどれだけかかるのだろう。
「はぁ!? ちょっとあんたは文句ないの?」
「いや、僕は別に」
「もう!!徒歩で何分かかると思ってんのよ」
「節約のためよ我慢しなさい。ほら早くしないと、置いてくわよー。」
そういってお母さんは歩き出した。姉さんも文句を言いながらその後を追いかける。
―― 学校生活、か。
歩き出した道を振り返り、もう一度入校祭会場の方を見つめる。今日、結果的に友達を作るという目標を達成できたかは分からない。でも、結構満足していた。
これから始まる学校生活、今日はそのはじめの一歩だったわけだ。失敗も何回かあったが、僕にしては悪くない出来だったのではないか。
そうやって僕は自己満足に浸りながら、二人の後を追いかけた。
――――
―― 遠い、疲れた、休みたい。
正直何とかなると思っていたが、想像以上に徒歩が辛い。馬車停を出発して50分、家までもう少しだ。しかしそのもう少しが遠いのだ、今すぐ家で横になりたい。とは言っても、家が自分で動いて、融通良く迎えに来てくれるはずもないので、自分の足で歩くしかない。何か別の事を考えて気を紛らわせようと、歩きながら上を見上げた。
上を見上げると、いつも考えてしまう、
―― あの氷の先には何があるんだろう。ずっと先の果てまで氷なのかな。
見上げた先にあるのは、この世界の全てを覆いつくす氷の壁「デルタ」
その正体はどんな本にも記載されていない。いつか解明される日が来るのだろうか?
まあフリーエンを扱えない僕にとっては無縁の話である。
それでも考えずにはいられないのだ。「デルタ」の先にあるかもしれない未知なる世界への可能性を。
――――
「ただいまー」
綺麗に三人の声が重なる。
そんなことを考えているうちに、気づけば見慣れた街並みを過ぎて、我が家に帰ってきたみたいだ。足がもう一歩も動きそうにない、明日は筋肉痛だろう。
「すぐ夕飯の準備するから、二人とも部屋に戻って着替えてきなさい。」
「はあい。ご馳走♪、ご馳走♪」
「うん」
言われた通り僕は自分の部屋に戻り、制服から部屋着に着替え、今日の出来事を振り返る。
―― そうだ、夕食の時に今日の出来事をお母さんに話そう。
不思議な女の子に出会ったこと。
美しいフリーエンに感動したこと。
イーブ君と金の箱のおじさんと一緒に働いたこと。
そのイーブ君と同級生の女の子が喧嘩していたこと。
今日はたくさん話そう。きっとお母さんも喜んでくれる。
そうして何の話から始めようか考えながら、僕は一階へと降りて行った。
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第1章 入校祭編 - 終 -