もう一つの出会い
騒ぎの様子を見に来た時にはすでに、二人の子供を囲む人だかりができていた。
「ですから、そちらは希少品ですのでもう在庫がないんです!」
「さっきの客は買ってたじゃない!」
「あれで最後だったんだよ!」
イーブ君の敬語も崩れはじめ、貧乏ゆすりと喧嘩腰の口調から、相当イラついていることが分かる。
一方の彼女はどうだろう。長い髪を両側で結い垂らし、くっきりした目鼻立ち、一見すると普通の可愛らしい女の子だ。しかし違うのだ。今の彼女はその可愛らしさを、凌駕するほどの殺気で威嚇している。その姿はまさに猛獣そのものだ。
両者一歩も譲らない。
口論は続き、そしてついに
「あのな、いい加減にs」
彼の怒りが爆発しかけた瞬間、二人の大人が止めに入る。
ズガンッ‼
パチーン‼
「痛っ‼」
二つの音が響く。
一つはおじさんの強烈な拳骨。イーブ君は思わず頭を押さえうずくまる。
もう一つは、
「やめんかアホ!」
「辞めなさい、こんな公共の場で!」
180㎝は優に超える長身、女の子とよく似たくっきりした目鼻立ち。年齢は僕の父さんと同じ位だろうか。しかし、赤の他人が小さい女の子をいきなり平手打ちするのは、流石にまずい気がする。もしかしたら、父親なのかもしれない。
ぶたれた頬は赤くなり、女の子の目には涙が溜まる。
「申し訳ございません。うちの娘が粗相を働いたようで」
よかった。やっぱり彼女の父親らしい。平手打ちにも納得できる。
「いえいえ、こいつの説明不足ですわ。お嬢ちゃん、また今度在庫が有る時に来てくれんか、サービスするで。ほれ、お詫びにお菓子どうや。」
お菓子を和解材料に使うつもりらしい。
女の子の反応は、
「嫌だ‼もう絶対来ないから」
そう叫んで彼女は泣きながら走りだした。が、ちゃっかりお菓子だけはもらっている。女の子らしい一面もあるみたいだ。
「本当にすいません。まだまだ我が儘な子で」
「なーに、子供はあれぐらいの元気さが一番ですわ。」
「そうですかね。っと、すいません。そろそろ追いかけないと、またあの子を見失ってしまうので失礼しますね。」
そう言い残して父親も彼女の後を追いかけた。二人の名前は分からずじまいだけど、言葉遣いや服装にも品があったし、高い身分の家柄かもしれない。
「あんな闘牛みたいな奴いるんだな、怖いわ。アルスターもそう思うだろ?」
「……はい。」
――― 喧嘩の流れ的に君にも非があるのでは?
彼女も同じ制服を着ていたということは、入学後再び鉢合わせるかもしれない。また喧嘩にならないと良いけど。
「はいはいこの話は終わりや!閉店まで後1時間半。もう一働きや。」
無事?喧嘩も丸く収まり、再びそれぞれの持ち場に戻る。その後1時間半、客の勢いは止まることなく大盛況だった。トラブルこそあったもの売れ行きは上々、出店用の商品はほとんど売り切れてしまい、閉店時間を早めることになった。商品補充を担当した僕は、何十往復も出店と倉庫を行き来するはめになり、体はもうくたくただった。
「お疲れ様や!イブも坊主も本当によう働いてくれた。まあ、イブは及第点ってところやけどな。同級生の女の子を泣かせたんやからな。」
「いや、泣かせたのはあの女の父親だろ。」
「間接的にはイブが原因だったやろ。学校内で会えたら謝っとけ」
「嫌だ」
「あ や ま れ」
「……分かった」
しぶしぶイーブ君は頷く。
――― ああ、拳骨が嫌だから無理矢理従ってるのか。
「まあとにかく、良く働いた坊主には報酬をやらんとな。しかし、普通に金銭を渡しても親御さんが心配するだろうしな、何か希望あるか?」
「いえ、好きでやったことですし、何も要らないです。」
「いかん、それは許さん。報酬の無い労働などワシが許さん。」
「でしたら、またいつか来ますので、その時までに考えておきます。」
「なら許す!子供が遠慮なんかすんな」
そういっておじさんは愉快に笑いながら、僕の肩をぺシぺシ叩く。
正直大変な仕事ではあったが、それ以上に面白い経験を積めたので、個人的に満足していた。見せてもらったおじさんのフリーエンも本当に綺麗だった。だから、報酬はいらないというのは本心だったのだが、遠慮してると思われたらしい。
――― 本当に、いらないんだけどなー
結果的に良心に甘える形で報酬の件は終わり、今馬車停に向かえば丁度良い時間であることに気づく。入校祭ももう終盤だ。
「あの、そろそろ帰りますね。」
「おう!本当に今日は助かったわ。またいつでも来てくれや。ほれ、お前もなんか言っとけ。」
「まあ助かったわ。学校で会えたら宜しくな。」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
――― やったよ!僕やったよお母さん。この人が友達かどうかは分かんないけど、
でも、嬉しかった。
【学校で会えたら宜しくな。】
読み方によっては、会えなきゃ宜しくしないという意味かもしれない。それでも彼となら、イブ・フレーヴァングとならやっていける気がする。
――― この先どんなことがあったとしても。
根拠は何も無い。今日出会ったばかりで、仲が深いわけでもない。
それでも、今僕は彼との出会いに奇跡的な何かを感じていた。