金の箱
「誰や君は?」
「さっきの入学式で会った奴。名前はえっと、なんだっけ?アルスターだっけ?」
「そうです!リト・アルスターです!入学式でイーブ君に出会って、一緒に出店をまわらないかと誘ったのですが、お店の手伝いがあるらしくて。でも、せっかくの出会いなのでお手伝いしたいなと思いついてきました。」
「らしい。」
小柄な彼からは想像もつかないムキムキおじさんが出てきて、少し驚いたが焦らずに自己紹介する。
――― あの腕、僕の腕6本分くらいはありそう。
「おお!そりゃ助かるわ!正直二人だけで店を回すのはきつそうだったんや。よし!あんま時間もないで、さっそく仕事内容の説明をするぞ。まずイブは予定通りに接客の担当してな。坊主はワシと一緒に来てくれ、裏にある倉庫の整理と商品の運搬を頼みたい。体力的に大変な仕事やけど、手伝いを自ら志願した以上しっかり働いてもらうで! 返事は!」
「はい!」
「へい」
――― 手伝いの許可がすんなり下りたので、ひとまず安心だ。しかし彼と友達になるために手伝いを申し出たのに、仕事が別では意味がない気がする。まあ、いっか。今はこの仕事を頑張るしかない!
返事をした後、指示通り二手に分かれ彼は店頭へ、僕とおじさんは倉庫へ向かった。
――― そういえば家名聞きそびれちゃったな、おじさんに聞いてみるか。
「あの、イーブ君の家名って暗記できないほど長いんですか?」
「ん?どういう意味やそれ」
「いや、さっき家名を聞いたら忘れたとか言われたので。」
「……そうか、あいつまだ引きずっとるんやな。
いや、別に長くないで。あいつの家名はフレーヴァング。本当の名前はイブ・フレーヴァングや。そんでイブの祖父に当たるワシがボックス・フレーヴァングや。」
「え?彼はイーブと名乗ってましたけど。」
「イブは女の子の名前見たいだからって嫌がるんや。だから外ではイーブで通してるみたいやな。」
「へー。」
――― イブもイーブもどちらも大して差はない気がするけど。あれ?フレーヴァングって、
「フレーヴァングといえば、誕生日祝いで貰った本の中に登場する「アーガスの魔人」の主人公を思い出します。」
おじさんは言葉につまる。
「………家名が同じってのは偶然でも何でもないで。その本の主人公は紛れもなくイブの実の父親や。」
「えっ!!じゃあ実話なんですかあの話。 え?ってことはイーブ君の父親って…」
その瞬間、さっきの彼との会話で犯してしまった大きな失敗に気づく。
「……そうやな、5年前に死んだ。話の内容も内容やから架空の英雄伝扱いになっとるけど、作り話やないで、あれ。まあイブの話によると事実が捻じ曲がって書かれてるらしいから、完全に実話ってわけでもなさそうやけどな。ワシも深くは聞いとらんから詳しくは分からん。」
もう終わったことだと、言いたげな諦めた顔でおじさんはぼやく。5年の月日をもってしても、息子の死という事実を受け止め切れるとは思えないが、おじさんの目には一滴の涙も流れていなかった。
「そうなんですか………」
――― ひどいことを彼に聞いちゃったな、後で謝ろう。
仲良くなるどころの話ではない、もしかしたら彼の心の傷を抉ってしまったかもしれないのだ。
「暗い話はここまでや!」
暗くなってしまった雰囲気を察して、慌てておじさんは話題を変える。
「見てみ、これがうちの商品や。フリーレンで生成した特殊な氷を使って指輪や首飾りを作ってるんや。普通の貴金属よりも変形させにくいから成型が難しいんやが、自然界に現存する鉱石や金属にはだせない質感がだせるんや!
せっかくやし一度見せたろか?」
「本当ですか!お願いします!」
そう話すととおじさんは目を閉じて意識を集中させる。精神を研ぎ澄ましているのだろうか。一瞬にして部屋の空気が張り詰め僕も息を殺す。おじさんは左の手のひらを受け皿にするように広げ、残った右手に力を込める。
「 フリーズメイク 」
次の瞬間一体は冷気で覆われ、急激な温度低下によって発生した白煙が立ち込める。煙を手で払いよけおじさんの方を確認すると、手のひらには水晶にも劣らない透明度で光り輝く、群青色の物体が乗っていた。
――― 綺麗だ
息をすることも忘れ僕は目を奪われる。
「そやろ?綺麗やろ。コツを言うとな、ずばり氷の物理変換のタイミングや。タイミングを間違えると色がくすんだり、割れやすくなって商品にならんからな。っと、いかんいかん仕事を始めるで坊主。」
――― やっぱりフリーエンは凄いな。僕もいつかあんな風に、、
僕はおじさんのフリーエンにひとしきり感動した後、きっちり商品の運搬や荷物整理などの雑用をこなしていた。
しかし、時計の針が15時に差しかかった時、事件は起きた。
「なんなのその態度は!それが客に対する態度なの!」
「………ぃ………ぉ……」
「なんですって!!」
出店の方から高音の怒声が響いてくる。怒声の主は同い年くらいの女の子だろうか。もう一方の声は断片的にしか聞こえてこないが、十中八九彼だろう。何故なら隣でおじさんが頭を抱えて嘆いているからだ。
「店の方が騒がしいですね。」
「あのアホ、まーたトラブル起こしよったな!」
すぐに仕事を中断し、二人で店頭の方に向かった。するとそこにはイラつきを隠せない様子のイーブと服装から同じ新入生と思われる女の子が睨み合っており、まさに一触即発の状況だった。