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ウィズアウト  作者: 宮本 冠也
入校祭編
4/7

出会いと始まり

「ただいまより第35回アストニア第六育成校入学式を開催します。入学生一同起立!」


 司会進行役の号令と共に、入学生は一斉に席を立つ。軍の楽器隊の演奏が始まり中央の通路に赤絨毯がひかれ、それに合わせて楽器隊が会場後方から行進してくる。楽器隊の中央部には、多数の護衛兵を引き連れたアーガス地方の上位為政者や将校たちの姿が見える。


5分程続いた行進も止まり、舞台上に一人の男が前に立つ。


「一同着席!アストニア第六育成校理事長ピック・ノーチラス様より祝辞!」


「こんにちは新入学生の皆さん、今年も無事に入学祭を開催出来たことを大変喜ばしく思います。長く続いた寒さも緩まりを見せ……… 」


 挨拶を皮切りに長い長い理事長による来賓祝辞が始まる。理事長の語る言葉は子供に理解できるものではなく、形だけの祝辞といっても過言ではない事務的なものであり、当然僕も理解できずに退屈さを感じていた。しかし、紙を閉じ祝辞を読み終えた理事長は一つ深く息を吸い込み、少し声色を変え言葉を繋いだ。


―― 最後に一つだけ、


「私にとって皆さん一人一人がこの国とって宝の原石です。原石は、洗練され輝き宝になることもあれば、歪で濁った石ころで終わることもあります。しかし勘違いしないでください。私は、石ころの存在を否定し、全員に宝になって欲しいと言いたいわけではありません。現実的に考えても、ここにいる全員が宝になることは不可能でしょう。ただ、私は皆さんに一つ約束をしてほしいのです。


「それは自分の信念に責任を持つ約束です。」


これからの人生で、君たちは様々な経験を積み重ねるでしょう。楽しいこと、泣きたいこと、逃げ出したいこと、何が起きるかはわかりません。しかし、経験する度に見極めなければならないのです。その経験に価値があるのか、ないのか。これは正解の存在しない問いです。人によって問いの結果は異なり、結果の先には石ころになってしまった自分が待っているかもしれません。しかし、そういった価値の選択を重ねた上での結果であれば、私は石ころになろろうが、宝になろうが構わないと思っています。


少し分かりにくいですかね?要するにこう言いたいのです。


「自分の選んできた道に責任を持てる人間になりなさい。」


それさえあれば、人間は失敗も後悔も挫折も背負って前に進むことができます。

皆さんの健闘を祈っていますよ。」


 祝辞が終わり会場は拍手に包まれる中、僕は脳みそをどれだけ働かせても、その言葉の真意の理解へとたどり着くことはできなかった。


――― さっぱり分からないな。信念ってなんだろう?


しかし、彼の放った

―― 「自分の選んできた道に責任を持てる人間になりなさい。」

という言葉は僕の心に強く刻み込まれ、その後の入学生代表挨拶や在校生代表挨拶、校歌斉唱など、演目が進み続ける中でも、頭の中を支配し続けていた。


そして、そうこう頭を悩ませているうちに式典は終わりを迎える。


「以上をもって、第35回アストニア第六育成校入学式を終了します。今後の入学の手順は、後日各箇所の掲示板にて掲載されますので、ご留意ください。」


その一言を区切りに式典は終了し、会場は再び騒がしくなり入学生は四方に散らばっていく。


――― 正直最初の理事長の祝辞の後からあまり聞いていなかったので、入学の実感が湧かないんだよな。 あ、そういえば、、


「あの、さっきの話の続きなんですけど。ってあれいない!もう帰っちゃったの。」


 先程の会話の続きをしようと横を向いたが、視界の先に彼女はいなかった。予定でもあったのだろうか。まあでも、学校が始まれば名前も知ってるし会えるか。仕方ないので他の相手を探すことにして、辺りを見渡していると、僕よりもさらに小さい背丈で、釣り上がった三白眼で人を寄せ付けないオーラを放っている子を見つけた。


――― こ、怖い!

 正直近づきたくないが、このままでは何の成果も得られず入校祭が終わってしまうので、勇気を出して声を掛けてみることにした。



「初めまして。」

「は、なに?」

「僕、リト・アルスターっていいます。君もまだ友達いなそうに見えるけど、良かったらこの後一緒に出店まわりませんか?」


 彼の目つきの悪さとぶっきらぼうな返答が相まって、怯みそうになるが今更引くに引けないので会話を続け彼の返答を待つ。


「いや、俺じいちゃんの出してる出店手伝わなきゃいけないから無理。てか、お前友達いなそうとかしつr」


「じゃあ、僕も手伝います!こんなに賑わっていることですし、人手も多いほうがいいはずです!」


「遮んな!なんでそんな食い気味なの。まあ、確かに助かるかもしれないけど。でもなー」


「ありがとうございます!」


「助かるかもって言っただけで、良いよとは一言も言ってないんだけど。まあいいや、じゃあついてこいよ。じいちゃんに聞いてみる。」


 急な僕の提案に嫌そうな顔をして、断るそぶりを見せていた彼だったがなんとか強引に同行の許可をもらい、とりあえず二人で公園外に並んでいる出店通りに向かう流れになった。


――― よし、掴みは悪くないぞ。とにかく会話を続けて、彼のことを知ろう!

僕はさらに会話を続ける。


「僕は名乗ったので、今度は君の名前も教えてくださいよ。」

「イーブ」

「家名は?」

「…」

――― ん?

そう問いかけると彼は少し間を置き、先程よりもさらに不機嫌そうな声で答える。


「……忘れた。」

「え、忘れるなんてことあります?名前長すぎて覚えてないとかですか?」

「うるさい。ほら、喋ってるうちに着いたぞ。そこが俺のじいちゃんの店「金の箱」だ。指輪とか首飾りとか小物を作って商売してる。」


――― あれ?まずいこと聞いちゃったかな?

 彼の一瞬見せた違和感に気にかけつつも、話は店への到着と同時に打ち切られ、僕の意識は店の方に逸れる。店頭には鮮やかな色の指輪や首飾りが陳列されており、すっかり僕はその美しさに目を奪われていた。


「おうイブ、やっと来たか! ん?誰や君は」


 声の聞こえたほうに目を向けると、出店の後ろにある小汚い荷物置き場から一人の老人が顔を出す。その姿は小物職人という肩書からは想像もつかないほど筋骨隆々であり、長く伸びた白い髭と深く刻まれた皺は職人としての苦難の道のりを思わせるものだった。


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