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兄に恋した  作者: 長谷川ゆう
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再会

母親が不倫をして、再婚してから2年後、さやかが、小学6年の時に、さやかの実の父親が死んだ。


もともと、持病があり体の弱い人だったが、普通に働き、さやかと母親を養ってくれた、無口で優しい父親だった。


さやかの母親の不倫が分かっても、口論するでも裁判するでも喧嘩するでもなく、力尽きたかのように、さやかの母親からの離婚を受け入れ、独りになった。


明るく、はつらつとした母親の再婚相手のミタカの父親とは違い、静かに笑い、穏和な父親をさやかは、ずっと好きだった。



一人っ子で、親戚もいない父親が、持病で職場で倒れ、そのまま入院になり、重篤だと知らせが、唯一の親族であったさやかの母親にきたのは、さやかが、小学6年生の冬だった。


「仕方ないわよ、お父さん、体が弱かったから。病院にはちゃんと連絡しておいたから、さやかは心配しないで」


母親は、病院からの電話を切ると横にいたさやかをあしらうように、一言だけ言うと、何もなかったかのように、家事に戻った。



電話の横にあった、父親の病院の名前と電話番号のメモをさやかは、そっと自分のスカートのポケットに入れた。


さやかが、月に数千円のおこずかいを貯めていたのは、さやかは、母親にこっそり父親に会いに行くためのお金だ。


中学生になったら、学区が広くなり、父親の住む家から通える中学があり、父親に頼み込んで、一緒に暮らそうとすら思っていた。



父親の病院をパソコンで調べ、父親の住んでいる家から電車で2駅の場所の総合病院に父親が入院している事が分かった。



その日は、冬休み初日で、母親には友人に会いに行くと、さやかは嘘をつき、罪悪感より父親に会わなければ、最期になると、気持ちが焦ったのを今でも覚えてる。


総合病院につくと、帰りの電車賃がわずかに残った。



近くにいた看護士の女性が、たまたま父親の病棟の担当で、お父さんそっくりの目の娘さんね、と優しく笑って父親の病室を教えてくれた。



四人部屋に、2年前に別れた父親は、顔つきもやつれ、痩せほそって静かな寝息をたてて眠っていた。


顔色も青白く、唇も紫に変色しかかっていた。


点滴が1つ、心拍数が脈打つ機械が1つあるだけで、病室内は静まりかえっていた。


さやかは、静かに父親のベッドの近くのイスを引き寄せて座る。


父親は、眠り続けていた。



2時間は経過して、病室内に夕日が差し込み始めた。帰らなければ、母親にばれてしまう。


病院の売店で買った、父親が好きだった缶コーヒーを近くのテーブルに置き、さやかは唇を噛み締めた。


たぶん、父と会えるのは、これが最期だ。感覚が、さやかに畳み掛けてきた。


帰ろうと、席を立った時だった。


「さやか、?」

弱々しい父親の声に振り向き、父親に駆け寄ると、父はうっすら瞳を開き、さやかをじっと見ていた。



夕日に染まるオレンジ色の瞳は、さやかを脳裏に焼き付けるかのように、強かった。


「また、来なさい」

父の言葉に、何度もうなずくと、父は安心したように瞳を閉じ、また寝息をたてた。


幼いさやかには、声をかける事も出来ず、大人になった今でも、さやかは何も言えなかった自分を後悔している。


ただ、大人になった今、分かることは、父親は自分の脳裏にさやかを焼き付けるために、さやかを見たのではなく、さやかに、死にゆく自分を忘れないで欲しい一心で、さやかを見た事だ。


「また、来なさい」

父親の最期の一言は、今でも、どんな時も、さやかの人生を前に進ませる。

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