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兄に恋した  作者: 長谷川ゆう
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病院

「真面目に生きてきて、やっと手に入れた幸せだったけど、頭がおかしいと言われたのが最後」


兄ミタカの母親は、兄ミタカと似ていて、涼しげな細い瞳をした優しい小さな女性だった。


さやかが大学1年生の秋、さやかとは違う大学から通うトモコからLINEがきた。


性同一性障害で、中学生の時に父親に無理矢理連トモコは精神科に連れて行かれ、「性同一性障害」の診断を受けトモコは、社会に出てから中身は男性として、生きるための診断書を貰うために時々、通院しているその病院で、トモコが兄ミタカの母親らしき人を見たと言う。


「土田ヨキナさんて言うんだけど、少し話したら、以前結婚していた時は、佐藤ヨキナさんて言って、1人息子のミタカ君て子供がいて、旦那さんにとられてから、病院に入院してるらしいの・・・顔も私が1度だけ会った事のある、さやかのお兄ちゃんのミタカさんに似てるから、他人の空似にしてはと思って・・・」

トモコは、何だか申し訳ないような声で、電話までしてきてくれた。



血の繋がらない兄ミタカを大学生になっても想い続けているさやかの事、そのさやかを好きなトモコ自身の気持ち、さやかの両親が兄ミタカが、学生結婚して家を出てから崩壊している事を思って、複雑な気持ちで、トモコが連絡してきた事が、痛いほどさやかには分かった。



兄ミタカの実母、土田ヨキナさんが入院している病院は、さやかが通う大学の電車の通学路の通過する駅にある、大きな総合病院の精神科だった。



兄ミタカも2歳年上のエリと結婚してから、3年以上が経過し、就職先も決まり落ちついたせいか、実家を出たさやかを心配して、時々、さやかに、LINEや電話をくれるようになっていた。



トモコからの話をすると「俺の母親だよ」と言った。


さやかの母親を、ミタカは1度も母親と言った事をさやかは聞いたことがない。




さやかが、会ってみたいと兄ミタカに言うと兄ミタカは、実母とさやかとの面会を取り付けてくれた。


兄ミタカの母親、土田ヨキナさんは、さやかの母親と同じ年齢で、現在は、入院当初は、重いうつ病と診断された症状も落ちついているため、病棟からの外出許可も出ていて、総合病院の最上階にある、小さな喫茶店で会うことになった。


最初は緊張したさやかだったが、喫茶店の一番奥の窓側の席に座る夕日に染まったオレンジ色の瞳をした土田ヨキナさんは、小柄で淡いブラウンのカーディガンをパジャマの上から羽織っていた。



「ミタカの妹のさやかさん?よく、ミタカから話は聞いてたの。大人しくて可愛らしい妹だって」

ヨキナさんは、さやかが最初に兄ミタカと会った時と同じ、優しい涼しげな瞳で夕日のオレンジ色に染まっていた。



とても穏やかな人で、兄ミタカと雰囲気が似ていた。


「真面目に生きてきて、やっと手に入れた幸せだったけど、頭がおかしいと言われたのが最後の言葉だった。せめて、ミタカだけは置いていって欲しいと頼んだけど、駄目だったわ・・・さやかさんには、酷な話よね、やめましょう」

そう言って、一言だけヨキナさんは母親の再婚相手の父親の話をした。


「ミタカも月に1度は会いに来てくれて、数ヶ月後には、初めて退院の見通しもたったから、さやかさんは、何も気にせずに大学を楽しんでね」


そう言って、面会時間が終わると、兄ミタカの母親の土田ヨキナさんは、さやかにいつまでもニコニコと微笑んで、手をふって見送ってくれた。


さやかは、病院からの帰り道、いつも乗っている電車に運ばれながらも、自分が涙を流している事に気がついた。


さやかの母親は、兄ミタカの父親は、あんなに優しい人を傷つけた。1人の人生をいとも簡単に狂わせた。


知らずにいただけで、他ならぬ、さやかだってその中の1人だ。


人生は、誰かを犠牲にしてでも進んでいく。さやかは、それが悔しくて仕方なかった。


オレンジ色の夕日は、いつの間にか、冬の高い黒い暗闇の星空へ飲み込まれていた。


それは、まるで夕日のような淡いオレンジ色のヨキナさんの人生を夜の暗闇が飲み込んでいくようだった。







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