第六十話 最速の乗り物
移動方法の話をしよう。
一番安くて確実な移動手段は自分の足だ。
冒険者をはじめほとんどの平民は移動に乗りものなど使わない。徒歩での移動で十分なのだ。
金もかかないし、途中で故障もしない。が、そのかわりに移動に時間がかかる。
俺たちの場合、王都からヴィクトリア村まで2か月ほどかかった。
次に馬車。
テオドールのように貴族なら、移動は馬車になるだろう。
もちろん徒歩よりも速く移動できる。
おそらく王都からこの村まで、二週間くらいでたどり着ける。
徒歩での移動の三倍くらい速度である。
しかし馬車を維持するにはそれなりの金がかかる。
馬を操縦する人が。馬の健康を維持する人が。馬車本体の修理をする人が。それぞれに必要となる。
平民には馬車を持つことなどできないし、その必要もない。
では、この世界におけるもっとも速い乗りものとはなにか。
それは大きな鳥。
なんと空を飛んで移動するのだ。
この移動手段ならば、王都から三日で辺境に到着することができるだろう。
とてつもなく速い。だがいくら金持ちだろうと、常識のある人間ならまず利用しようとすらしない。狂気に近い移動手段なのだ。
まず、とてつもなく危険である。地上とは違い、空中ではモンスターから逃げようがない。空を飛ぶモンスターも数が多いのだ。万が一戦いに苦戦して空から落ちたら死ぬことになる。
そのために移動には護衛の鳥も必要なる。一回の移動で数十匹もの鳥が用いられる。いつどこでモンスターが襲ってくるのかわからないのだ。移動そのものが命がけだ。
そして金。
鳥に乗るのも、人を乗せられるような鳥を調教するのも特殊技能。世界でも数千人しか存在しない。そいつらを雇うのは恐ろしい程の金がかかる。
一回の移動で豪邸が立つほどの金が飛ぶとなると、多少の時間短縮など馬鹿らしくなる。
テオドールのような辺境の領主程度では、とても維持できない。
王族か。それともよほどの金持ちしか持てない乗りものなのだ。
どうして今こんな話をするのかって?
簡単だ。
その狂気の移動手段。数十匹の大きな鳥がヴィクトリア村に降り立ったからである。
「自分の目でみたものが信じられないね。こんな辺境の村に何の用だろう?」
さすがのセレシアも驚いている。
それほどにあり得ない事態なのだった。
「アニキ! あれはなんですか!? モンスターに人が乗っていますよ!?」
エルナにいたっては存在自体を知らなかったようだ。
無知……といいきることはできない。こんな知識がなくても、困ることなど何もない。
あの鳥はモンスターではないらしい。
みた目は恐ろしいが、普通の動物である。普通の動物といえども、人を乗せるまでには恐ろしいほどの手間がかかっている。
まれに王都では空に飛んでいるのをみかけた。
だからこそ俺も知っているのだ。この国最大の都市でもあまりみかけない。もし田舎に住んでいたら、知らないままに一生を終えていただろう。
数十匹の鳥の群れが村の中央に降りてくる。現実味のない光景だ。
あの鳥の名前は忘れてしまった。
長ったらしい、やたら発音しづらい名前だったような気がするが。
村人たちが中央に集まっている。
俺たちもそこへ向かう。作業は中断だ。
「セレシア。もしかしてお前に用があってきたのではないか?」
というか、他に思い浮かばない。
セレシアは名もしれぬ貴族の子供である。呼び戻されるようなことが王都であったのかもしれない。
「天地がひっくり返ってもあり得ないね。私は捨てられて辺境にきている。王都で何があろうとも呼びだされるなんてことはないよ。まして大金を使ってさ」
ふーむ。では……。
駄目だ。思いつかん。
村の中央にほとんど全ての住民が集合していた。
皆、首をかしげている。村人たちも鳥がこの村にくる理由が思い当たらないのだろう。それでもあれこれと議論しているのが、いかにもこの村らしい。
大きな鳥たちが地面に着地する。
巨体に似合わない静かな着地であった。
近くでみると迫力がある。
体は小屋くらいに大きく。首が長い。鋭いくちばしはモンスターとも戦えそうだ。
それが数十匹である。
ちょっとした軍隊のようにさえみえる。子供が泣き出してもおかしくはない。
俺があの鳥と戦うとしたらどうだろう。
負けはしないが、苦戦はするだろうな。空を飛ぶモンスターの戦い方が通用するかどうか。
人が操縦するのだから通用しないか。ならば。
いかん。馬鹿なこと考えている。
これも冒険者の習性だ。
大きな鳥の群れから。一人の男が出てきた。
中年の男。
他の人間も鳥もおとなしくしている。この男への信頼を感じられる。
おそらく群れのリーダーだ。代表としてこの村にきた理由を説明するのだろう。
手には白い紙を持っている。
手紙のようにみえるが、違うかもしれない。
中年の男が大声をあげる。
「冒険者のアランさんはいるか!?」
……。
用があるのは俺かよ。
これっぽっちも心当たりがないぞ。
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