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第五十九話 剣と鎧も生活には勝てなかった

 テオドールとの試合から三日後。

 約束通り剣と鎧が届いた。たった三日。どう考えても三日で城まで往復はできない。

 あらかじめ女騎士が剣と鎧を用意していたとしか思えない。


 女騎士は負けることを予期していたのだろうか。

 そういえば、女騎士自身はやきゅうでも全力を出さなかった。勝負から一歩引いていたのはこちらへの配慮だったのか。


 あるいは仮に勝っても、剣と鎧を与えるつもりだったのか。

 貴族の主従は城へ帰ってしまっている。聞く機会はないし、いまさら聞くことでもない。



「新しくできた村への人気取りとしては悪くない策だったかもね」


 セレシアが隣で微笑む。

 豊かな金髪を手で整えている。


「手を抜いていたと? あの男に限ってはあり得ないだろ」


 真剣勝負で心が通じるというのは錯覚。

 しかし、その錯覚を大切にしたい時もある。それが男というもの。


 あの男は真っすぐな馬鹿だ。

 貴族としてやっていけるのか心配になるほど。平民に心配されるのだから、相当である。



 ただ。


 いくらテオドールが馬鹿にされようと、あの女騎士がいるかぎり大丈夫な気もする。

 俺には貴族のしきたりも、求められる能力もよくわからない。だが女騎士がうまく助けるだろうことはわかる。

 全身甲冑の女騎士はさんざん毒舌を吐いていたものの、一度もテオドールの側を離れなかったのだから。


 これでお別れ……とはなりそうにない。

 また会う日がくるだろう。その時は今度こそやきゅうの勝負をしたいものである。




「んー。それにしてもご飯が美味しいね」


 せっかくの感傷をセレシアが現実に引き戻した。

 セレシアは髪を整えると、手に持ったお椀から野菜スープを口に運んでいる。

 ご飯。ここからは今ある現実と向きあわなければならないようだった。



 夕食の時間であった。

 奥様たちが作ったスープが村人全員に配られている。セレシアはすでに三杯もおかわりをしている。

 奥様たちは今日も元気だ。頭が下がる。やきゅうの練習がなくなったのを、残念だとなげていたけれども。

 奥様たちにとってはやきゅうの練習よりも、集まっておしゃべりできる場所がなくなったのが痛いらしい。


 でもまぁ、すぐに立ち直るだろう。

 母親は強い。それを体現しているような人たちである。



 エルナもそばにいるが、ひたすらスープを食べている。

 こうなると俺たちが何をいっても聞こえない。

 もっと食べて体力つけろよ。体重なんか倍にしてもまだ足りないじゃないのかな。




「ねえねぇ。ところで、今日の食事は特別美味しく感じないかい?」


「……新しい鍋で料理したからな」


「フフッ。確かにそうだね。アランが勝ってくれたおかげで、しばらく鍋と包丁を買い替えずにすむよ」



 俺はため息をつきそうなる。

 

 そう、せっかくの景品。

 剣と鎧は鍋と包丁に改造されてしまったのだ。この村には鍛冶屋がいない。

 それでも改造できる技能を持つ人間ならこの村にはたくさんいる。

 


 ちょっとひどくないか?

 結局手元に残ったのは、剣一本だけ。


 はぁ。

 人が生きる上では、武力よりも生活。

 なにが多数決だ。俺一人で勝てるはずがないだろ。


 他の街に行く日がきたら、今度こそ必ず剣と鎧を調達しよう。

 冒険者として、俺は絶対に間違っていないぞ。




「でもさ。それだけではないよ。当ててごらん」



 む。

 他に昨日の野菜スープとは違うところがあるのか。

 村で特別な材料が手に入ったとは聞いていない。では料理方法が違うのか?



 スープを一口食べてみる。



「む!?」


 これは。

 確かに昨日よりも美味く感じる。



 いや。


 この味は。




「まさかお前。ラージラビットを鍋に入れたのか!?」


 モンスター食は一般には広がっていない。

 嫌がる村人も多いだろう。それなのに村人全員が食べるスープに入れるとは。

 セレシア。お前は鬼畜か。



「フフッ。当たり。奥様たちと相談してね。賛成してくれたよ。ゆくゆくは村の名物にすることが目標」


 知っているのは女性陣だけか。

 一緒に作業していた男性陣は何も知らずに食事しているのか。

 

 ……。明日、作業ができるのかな。

 俺一人、なんてことはないよな。



「でも、美味しいでしょ?」


 くそっ。確かに美味い。

 ガストンのところで食べたラージラビット鍋よりも、味が洗練されているような気がする。

 料理技術も日々進歩している。将来はどうなってしまうのか、末恐ろしい。



「いや、やっぱり無断でモンスターを食わすのはひどいだろ」


「大丈夫。家庭内では妻こそが最強なのさ」



 セレシア。返答になってないぞ。

 明日奥様たち話し合わねばならないだろう。

 また問題が一つ増えた。頭が痛い。


 一つ消えれば、また一つ。

 将来この村が大都市になれば、ちょっとは楽になるのかなぁ。




「アニキ! やきゅうをしましょう!!」


 食べ終わったエルナがいきなり立ち上がった。

 夕食の時間。外はもう真っ暗である。



「おい、馬鹿やめろ。大人しく休んでおけ」


 しかしエルナは俺の服をぐいぐいと引っ張る。



「棒を振るくらいはできますとも! ボクのやきゅうへの情熱は誰にも止められません!!」


 なんか、さらにやきゅう狂になってきているような。

 エルナにとって、今回の勝負はどんな意味を持つことになったのだろうか。


 いい影響があったと思いたいけれども。



「私も付き合おうかな。ちょっとやきゅうが好きになってきたかも」


 セレシアまで。




 まったく。


 しかたがない奴らだな。

 俺も付き合ってやる。



 ちょっとだけだぞ。

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どうかよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『やきゅう対決』終結ですね。 今度対決する時は『いんふぃいるどふらい』を巡って、一悶着の予感がありそうですね。 [一言] これが、数の暴力というやつか……!(←違)
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