第五十八話 決着
弁当に夢中だったはずの女性陣がこちらに注目している。
セレシアも奥様たちも、対戦相手のメイドたちさえも。
俺が全力で球を投げたことによって、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
それとも豪華な弁当よりも面白いことをみつけたのか。
勝負の形式は遊び。
だが男の意地がかかっている。
馬鹿なことをしている? わかっているさ。だが負けられん。
大きく息を吸って、吐く。
次の球は全力をこえた力をこめてやる。
あと三球。テオドールに触れさせもしない。
限界まで腕を振り上げて、球を投げる。
体に痛みが走る。かまうものか。
ドンッ!!!
女騎士の持っている道具に球が突き刺さる。
テオドールは棒を振り切った状態で固まっている。
よし。
まず一つ。
セレシアと奥様たちから大歓声があがる。
完全に見世物である。まあいい、最高の舞台を演じてやるよ。
女騎士が球を投げ返してくる。
「素晴らしい威力だ。アランとかいったな。どうだ騎士になってみないか?」
「与えられた職業が『ゆーちゅーばー』なんで無理でしょう」
そういえば、テオドールは職業のスキルを使っていない。
それも貴族の誇りとやらか。
勝負においては、甘さに他ならない。ぶっ潰してやるよ。
次の球だ。
もう少しで勝てる。出し惜しみはしない。
これまでの人生で体を痛めるほど、全力で投げたことがあっただろうか。
……ないな。
モンスターを倒す以外で、これほど必死になることも。
球を投げる。
ガギンッ!
が、今度はテオドールが棒を当ててくる。
前にこそ飛ばなかったが、真横に向かって球が飛んでいく。
今度はメイドたちから大歓声があがる。
まんざら人望がゼロというわけではなさそうだ。騎士や家臣には不人気だが、メイドたちには人気がある。
単に対戦相手を応援したくないだけかもしれないが。
「なめてもらっては困るな」
あいかわらずの無表情。
それでもどこか雰囲気が違う。どう変化しているのか。正直俺にはよくわからんが、護衛の女騎士ならばわかるのかもしれない。
「なめているのはそっちだろう? 職業スキルを使わないとは」
「お前が使わない以上、こちらも使わない。それが勝負というものだ」
それは貴族の誇りではなく、甘さだぞ。
まあいい。俺は勝つだけ。真剣勝負に相手を気にかける余裕など存在しない。
次だ。
一球ごとに全てをかける。さらに速い球を、俺は投げることができるぞ。
ドンッ!!!
女騎士が立ち上がり、俺の球を捕っていた。
力が入りすぎて球の制御が狂ってしまった。
だが。
テオドールも空振りをしていた。
制御できなかったことが、逆に幸いしたようだ。
残りは。
最後の一球。
球が女騎士から返ってくる。
次はどうするか。真ん中に投げたら打たれる予感がする。テオドールは俺の球の速度に慣れてしまっている。
わざと制御を狂わそうか。あるいは球の速度を遅くするか。今の一球で効果的なことがわかった。
そうすればテオドールの打つタイミングを外せるかもしれない。
「アニキーーーーー!! がんばってくださいーーーー!!!」
すぐそばでエルナが叫ぶ。
やめた。
最後まで真っ向勝負しよう。
ここはエルナにかっこいいところをみせる場面だ。
俺はエルナに視線を向ける。
「気が散るから黙っていてくれないか?」
「は、はい。すいません……」
「俺が勝ったら、いくらでも騒いでもいいから」
いつも思うのだが、エルナの笑顔は一級品だ。
人を幸せな気持ちにする力がある。
「テオドール。いくぞ」
「くるがいい」
真剣勝負では、敵と心が通じ合ったと錯覚する一瞬がある。
今、この時もそうだ。
貴族と平民。領主の息子と冒険者。会った回数はたったの二回。
なにもかも違う。わかり合えるはずがない。
それでも錯覚できる。勝負とは素晴らしいものである。
ただ、持てる力の全てを出し尽くして。
俺を投げた。
テオドールも棒を振る。
今日の勝負でもっとも鋭い振りであった。
ドンッ!!!!
女騎士の道具の中に球が吸い込まれた。
空気が震える。
勝った。
……のか!?
「アニキ!! やりましたね!!」
エルナが抱き着いてくる。
振りほどこうにも体に力が残っていない。たった五球で体力を全て使い果たしていた。
「アラン! 惚れ直したよ!」
セレシアも抱き着いてくる。
なんだよ。戦争にでも勝ったみたいじゃないか。
たかが球を投げて、棒で打つ勝負をしただけだぞ。
「アラン君! もう二十年早かったら結婚を申し込んでいたよ」
「娘の旦那になる気はない? まだ四歳だけど!」
奥様たちも抱き着いてくる。
もう何が何だか。もみくちゃにされてしまう。
女性陣の先にテオドールの後ろ姿がみえた。
「私の負けだ。敗者は去るのみ。おい、帰るぞ」
馬車の方向に歩き出そうとする。
だが女騎士は動かない。
「残念ですが、この試合はメイドたちの慰安旅行もかねています。主君といえども勝手に帰ることはできません」
「そうか」
「しかし安心してください。負けた時のためにお酒を用意してあります。やけ酒で負けた気分を変えましょう」
テオドールはじっと女騎士を眺めていたが、ぽつりと言った。
「お前は、時々優しいな」
「本当に時々ですけどね」
それからは……もう。
大宴会がはじまった。
こうなれば敵も味方もない。貴族も平民もない。メイドも辺境の住民もない。
飲んで騒ぐだけ。あれほど俺がこだわっていた壁が消えてきた。
それでいいような気もする。
今だけは。同じ人として宴会を楽しめばいいのだ。
ただ。
今日は作業に戻れそうにないな。
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