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第五十六話 もうやきゅうは終わりだ!!

 結局は、というか予想通り。

 やきゅう勝負はぐだぐたになってしまった。


 どちらも大量得点。

 もはやどちらが勝っているのかさえ、よくわからん。

 今やもう、完全にお遊びの場と化している。全力を出しているのはテオドールだけ。


 参加者のレベル的には、遊びのほうがいいのかもしれんが。少なくともわいわいと騒いで皆楽しそうではある。




「アラン! これを打てば逆転だよ」


 セレシアが手を振る。あれだけの量の得点を数えていたらしい。

 ちゃんとお互いの点数を把握しているのはセレシアだけもしれない。


「アニキ―! 頑張ってください!!」


 エルナも大声で叫ぶ。

 お前にはこの試合が終わったあとも、やきゅうの特訓が必要だな。


 奥様たちもそれぞれ俺を応援してくれる。



 でも……さ。

 もう応援とか関係ないよな。



 

 テオドールが球を投げる。

 

 速い。が、棒が届かないところに大きく外れていく。

 どんなにやきゅうの技術があっても棒が届かなくては打ちようがない。

 正直、立っているだけ。立っているだけで、こちらに得点が入っていく。


 本当にこれでいいのか……。

 さすがに、どうかと思うぞ。テオドール。

 自ら負けようとしているとしか思えない。



「おい。もっと遅くてもいいから、ちゃんと球を制御しろよ。これではやきゅうにならんぞ」


 このままテオドールが荒れた球を投げ続けていれば、こちらが有利になる。

 だが、ついテオドールに忠告してしまった。



「断る」


 テオドールが切って落とす。

 貴族の誇りとやらか。いくなんでも頑固すぎるだろ。

家臣からの人望がないのもうなずける。

 


「勝負に負けてでもか?」


「全力を出しながら、勝負に勝つ。それでこそ人の上に立つ資格がある」



 馬鹿だ。


 が、なぜか嫌いになれない。



 この辺りの感情は女には理解できないだろう。

 男とはまっすぐな馬鹿には、共感を抱くものなのだ。



 もっとも。

 俺だけかもしれないが。




「あなた。いい人だな」


 女騎士が視線を向けてきた。

テオドールの球を捕るためにしゃがんでいる。この試合がはじまってから、一回も球を捕ってはいないけど。



「いい人? 俺が?」


「テオドール様を認めてくれる人は珍しい。どうだ? テオドール様の友達になってみないか?」


「ハッ。馬鹿なことを」


 貴族と平民が友達になれるわけないだろう。

 俺を動揺させるための策か?

 いや、立っているだけで得点が入るのだ。動揺させる意味など存在しない。


 では本気か?

 平民が貴族と友達など、おとぎ話でしか聞いたことがない。



 あるいは。

 それこそがこの辺境の流儀か。





 いつの間にか太陽が真上に登っていた。昼飯の時間になっていた。

 やきゅうの試合が中断し、メイドたちが弁当を広げる。

 豪勢な弁当。こちらの分も用意してある。

 

 敵味方もなく、全員が弁当のある方向へ歩いていく。



 俺だけが動かなかった。

 

 このまま試合が終わってしまっていいのだろうか?

 俺は全力を出せてはいない。それで勝って誇れるだろうか。誇れるわけない。

 

 なによりもテオドールと本気で対決したくなった。

 この男は面白い。皆は馬鹿にするかもしれないが、真っすぐな男だ。

 本気でぶつかりたいという気持ちが抑えきれない。



 しかし、誇りか。

 笑えるな。俺もずいぶんテオドールに影響されてきている。




「おい、テオドール」


 テオドールが振り向く。

 豪華な弁当を前にしてさえ無表情。



 このままやきゅうを続けても勝負はぐだぐだにしかならない。決着がついてもすっきりしないだろう。

 ならば完全に決着がつくやり方で勝負するしかない。


 俺のわがままである。

 だが、いいだろう? さんざん皆の遊びに付き合ったんだから。



「一対一で決着をつけよう」



 やきゅうは団体戦。

 ならばこれからやるのは、やきゅうではない。



 男と男の勝負だ。



「いいだろう」


 ほんの少しだけテオドールが微笑んだ、ような気がした。

 見間違いかもしれないが。



「俺が投げるから、お前が打て」


 これまでの試合からテオドールが打つ方に関しては、素晴らしい技術を持っている。遅い球とはいえ、敵の中で一番遠くまで球を飛ばせていた。簡単に勝てるような相手ではない。

 本気になれば女騎士の方が遠くに飛ばせそうだが、手加減をしてくれている。




「やきゅうではないから、球を捕る役もいらない。全力で投げるぞ」


 エルナには悪いが、このままぐだぐだで終わるわけにはいかない。

 俺はこの男と真剣勝負がしたくなったのだ。あとで特訓に付きあってやるから許せ。



「いや、球を捕る役がいた方が全力をだせる。私がその役をやろう」


 女騎士が進み出てくる。

 ガシャガシャと鎧がこすれる音がする。

 弁当を食べるのにさえ甲冑を抜こうとしない。筋金入りである。



「いいのか? あんたはテオドールの家臣だろ」


「大丈夫だ。ここはテオドール様に負けてもらわないと。痛い目にあって日ごろの行いを反省してもらわなければならない」


 あいかわらずの毒舌である。

 テオドールは黙ったまま。女騎士の寝返りを黙認している。

 馬鹿な上に、器の大きい男であった。


 女騎士がしゃがんで、道具をかまえる。



「では、試しに球を投げてみてくれ。剛速球を期待しているぞ」



 球を握る。

 硬くて、つるつるした感触。

 やきゅうをやっている内に、親しみさえおぼえるようになってしまっていた。



 大きく腕を振りかぶる。

 そして女騎士に向けて球を投げた。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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