第五十五話 やっぱりぐだぐだになるしかなかった!
「ぷれいぼーるーーーーー!!」
エルナが太陽を指さして叫ぶ。
うるさい。が、その言葉は記憶にある。
やきゅうをはじめる時に、エルナが叫ぶ単語だ。
「なあ、エルナ。ぷれいぼーるってどういう意味なんだ? あまりの意味不明さに皆が固まってしまっているぞ」
「ボクにもわかりません!!」
は?
自分でも意味のわからない言葉を叫んでいたのか。
「この職業を授かった時、頭の中でこの言葉が響いたのです! きっと神聖な言葉なのだと思います!!」
なんだよそれ。神聖な言葉?
神から授かった言葉といわれると、特別な意味があるように思えるじゃないか。
俺の「ゆーちゅーばー」を授かった時は、何も聞こえなかったぞ。
エルナが手に持った棒を振り回す。
危ないからやめろと何度もいっただろうが。誰かに棒が当たるというより、エルナ自身に当たりそうで怖い。
みている味方全員が心配している。しかしエルナは張り切りすぎて、俺たちのことなど視界に入っていない。
まあ無理もないといえば、無理もない。
エルナにとっては長年の夢がかなう瞬間だろうからなぁ。
今日だけはあまり注意しないでやろうか。
「さあ、いつでも来い! エルフの国まで球を飛ばしてやりますよ!!」
棒の先端をテオドールに突きつける。
エルナとテオドールの間には十歩ほどの距離があり、お互いに向かい合っている。
テオドールが球を投げるのだ。
そして球を捕る役が女騎士。
一応テオドールの後ろにはメイドたちが散らばっているが、役には立たないであろう。そもそも長いスカートでは走ることもままならない。
金はあるのだから、走れる服を用意してこいよ。こっちの奥様たちは、夫からズボンを借りてきているぞ。
それとも一回も球を前に飛ばさない自信があるのか。
正直、エルナは打てないだろう。
俺が投げる一番遅い球をなんとか前に飛ばせるようになっただけなのだ。
テオドールの投げる球はそれよりも速いに違いない。
なによりもボールを捕る役を女騎士がやっているのが大きい。テオドールは全力で球を投げることができるのだ。全身甲冑の外見は頼もしさがものすごい。体が細いエルナとは手と地の違いがある。
二人の姿はさすがに貴族と護衛の騎士だけあって、風格というものがあった。
この勝負。
ほとんどが役に立たない女性ばかり。やきゅうはできないし、する気があるのかも不明。全体的に穴だらけの、限りなく遊びに近くなってしまっている。
しかし二人の姿をみていると、なんだか勝ち負けは別にして勝負にはなりそうな期待が持てる。
「エルナちゃんがんばれーーー!!」
「頑張ってーーー!!」
奥様たちがわーわーと応援している。
テオドールが球を投げ、エルナが打つという展開は理解できているらしい。
一週間やきゅうで遊んだのは無駄ではなかったな。これも進歩だ。
テオドールが両腕を振りかぶる。
そして最初の一球を……投げた。
速い。かなりの剛速球だ。
しかし。
球は女騎士のはるか上空に飛んでいった。
……え?
どこへ投げている!?
わざと……じゃないよな。
「うりゃ!」
エルナが棒を振る。
なぜ振る。テオドールの球は天空だぞ。
突っ込みが追いつかん。なんだこれは。
テオドールも女騎士も球が大きく外れたのに動揺しない。
当たり前のように次の球を要求していた。
うーん。
やっぱり勝負にもならないかもしれん。
女騎士が立ち上がり、俺たちの方に振り向く。
「えーと、ヴィクトリア村の皆さん。テオドール様はこの一週間やきゅうの練習をしまくった。ちなみに練習に付き合う家臣は私一人だけ」
えー。
さびしすぎるだろ。
この辺境の騎士たち、もっとテオドールに協力してやれよ。
「その結果、打つ方はそこそこ上達した。しかし投げる方は……。速い球こそ投げられるのだが、制御はまったくできず」
「貴族たるもの常に全力でなければならない!!」
「というわけで、テオドール様はお馬鹿にも球の速度を落とす気はなさそうです。皆さま球に当たらないように注意をしてくれ」
勝負にならないかも、じゃなかった。
絶対に勝負ならん。やきゅうどころじゃないぞ、これは。
それからはもう。
テオドールは球を投げまくった。その中にちゃんと打てる球など存在せず、俺たちは大量の点を得ることとなった。
どうもやきゅうのルールでは、打てそうにない球を四球続けるとこちらに点が入るらしい。
次は俺が投げる番。
だが、球を捕る役のエルナである。最も遅い球しか捕れない。こちらにも致命的な弱点がある。
この遅さ。打てない方がどうかしている。
結果。カキンッ。
メイドさんにさえ打たれることになってしまった。
そうだよなぁ。セレシアですら前に打てるからな。
くそっ。エルナとの特訓は打つ方ではなく、球を捕る方にすればよかったか。
勝負は最後まであきらめてはいけなかった。
まさか相手がメイドを連れてくるとは。
こんな展開、たとえ神様でも予想できないぞ。
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