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第五十四話 試合開始

 ついに。

 決戦の朝がきた。



 俺たちはいつもの草原に集まっていた。

 晴れていて、適度な風も吹いている。絶好のやきゅう日和である。


 さすがに練習では遊んでいた面々も緊張した表情をしている。


 ……すまん。嘘だ。

 俺以外の全員はいつもと変わりなく、楽しそうにおしゃべりしている。

 エルナにいたっては、すでにやり遂げた表情。まだ勝負ははじまってもいないぞ。

 



 と、そこへ豪華な馬車が到着した。

 四匹の馬が引くような貴族専用の馬車。対戦相手の九人全員が乗れる大きさである。


 まず女騎士が馬車から降りてきた。

 今日も黒い全身甲冑である。意地でも顔をさらすつもりはないようだ。もはやそういう人間だと思うしかない。人間ではなく、エルフや猫耳族かもしれないが。


 続けてテオドールが降りてくる。

 あいからずの無表情。俺をみつけると小さく鼻を鳴らした。戦う前から俺たちを威嚇したのか。

 もしくはこちらのやきゅうの仲間をみて、驚いたのかもしれない。


 最後にテオドールがそろえた野球メンバーが降りてきた。




「おい、なんだそれは。ふざけているのか?」


 

 突っ込まずにはいられなかった。


 

 テオドール側の残りのメンバーが。


 全員メイドさんだったのだ。



 若い女性で体も細い。

 とてもじゃないが運動が得意そうにはみえない。こちらも楽しそうにおしゃべりしている。

 俺のチームの奥様たちと同じ状態である。



 領主の息子である。

 てっきりやきゅうの仲間は屈強な騎士でそろえてくると予想していた。

 それだけの権力がテオドールにあると。


 なに?

 権力ないの?



「私の力不足だ」


「あ?」


 テオドールは無表情のまま。

 さらりと自分の恥をさらしやがった。



「テオドール様は人望がない。家臣に呼びかけても誰もついてくれなかったのだ。しかも頑固なので今さら試合を棄権にもできず。それで仕方なくメイドたちに同行を願うはめに」


 女騎士がつげる。今日も毒舌が健在なのであった。

 たとえ真実でも、もっと違う言い方があるんじゃないか? どうして俺がテオドールのことを気にかけねばならんのだ。これからやきゅうで勝負するのに。

 


 家臣が何人いるのか知らないが、主君の命令を拒否するってかなりのことだぞ。過去によっぽどなことをやらかしのだろうか。なんという残酷さ。悲しすぎる。


 しかしよくよく考えれば、こんな辺境の村に領主の息子がくることが変なことなのだ。貴族といえどもそれほど暇ではなかろう。

 いきなり消える主君。人望がないのも当たり前か。

 


「領主の息子といっても、しょせん辺境でしかない。頭数も少ないし、皆忙しい。暇なのはテオドール様くらい。一週間も遊ぶために城を開けてられないのさ」



 それって俺たちの村とまったく同じだな。


 辺境は辺境。この辺りには都市といえる規模の集落はない。

 取れる税金も少ないのだろう。

 領主といえども質素に暮らさなくてはならないようだ。



 これまでの俺の警戒はなんだったのだ。

 未だに王都に住んでいたころの価値観が抜けなかった。過大評価だったと認めざるを得ない。




「でもメイドさんは連れてくることはできたのだよね?」


 セレシアが口をはさむ。

 

 そうだ。七人もメイドを連れてこられたのだから、まったく人望がないわけでもなさそうだ。

 メイドたちにもテオドールに対する嫌悪はみられない。

 人望はなくとも、恐れられてはいないようだ。軽くみられているともいえるが。




「メイドたちへの慰安旅行ということで、親父の許可が下りた」


 この男。また。

 よくもまあ、自分の恥を堂々とさらせるな。それでいて態度は堂々としているのだから。

 馬鹿とはいわんが、やはり精神構造が常人とは違うようだ。



 とにかく。

 テオドールたちがメイドたちを連れてきたおかげで、俺たちに勝ち目がでてきた。

 それが嬉しいかと聞かれれば、微妙ではあるけど。

 敵の失敗で勝ってもなぁ……。


 

 

 メイドたちが馬車から大きな荷物を取り出している。

 両手で抱えるほどの大きさ。十個はある。


「あれは?」


「弁当だ。お前たちの分もある」



 完全に旅行気分じゃないか。

 二週間ほど降り続いた雨はやみ、晴天である。絶好の旅行日和でもあるけど。

 


 後方から歓声が上がる。

 奥様たちは大喜び。無料で豪華な弁当が食えるのだ。喜ばないはずがない。

 城では人望がなくとも、この村では人望が生まれてきている。



 それにしても。

 真剣勝負からかけ離れた場所まできてしまったなぁ。




「テオドール。お前たちは勝負に勝つ気あるのか?」


「それはお前たちも同じだろう? アラン」


「むぅ」


 痛いところを突かれた。

 こちらの奥様方。あちらのメイドたち。

 どちらも戦力になりそうない。となると。




「条件は五分五分。負けるつもりは一切ない。貴族の誇りにかけて」


 こんな勝負に貴族の誇りをかけるな。

 もっと重要な勝負があるはずだろ。いちいち誇りをかけていたら疲れないか?




 えーと。

 ともかく。


 やきゅう勝負がはじまろうとしていた。

 勝負がどう転ぶか。ぐだぐだになる気しかしないが。



 本気で勝とうしているのは俺とテオドールの二人だけ。

 それでも勝負は勝負。


 負けるのは嫌いだ。

 なんとか勝って剣と鎧を手に入れてやるさ。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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