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第五十三話 試合一週間前

 今日の朝、テオドールからの使者が村を訪れた。

 やきゅうのルールを聞き、練習のための道具を借りていった。

 使者によるとテオドールのやる気はおとろえていないらしい。時間がたって気が変わることを期待していたのだが。


 やると決めたらやる。みため通りの頑固な男であった。



 勝負は一週間後。



 勝ち目は……ない。




「まあ、負けてもいいじゃないか。エルナが楽しんでいるだけで十分だよ」


 セレシアが隣で笑う。

 茶化しながらも、なぐさめてくれているのだろう。

 言葉にしなくとも考えていることが読まれる。セレシアの得意技。いつもはふざけているが、必要な時はちゃんとなぐさめてくれる。あいからず変な女である。



 すでにやきゅうの練習を続ける意味はない。

 それでも俺たちは今日も、作業が終わったあとに草原に立っている。


 チームの奥様たちもやきゅうの練習が消えることは望んでいなかった。やきゅうがしたいからではない。わいわいと騒ぐ場がなくなるからだ。

 運動ではなく、娯楽。

 今も向こうでやきゅうをしている。球を空に投げて、子供と一緒に皆で追っている。まったくといっていいほど球を捕れそうにない。けど楽しそうだ。


 それはそれで悪くない。

 全ての人が体を鍛えなければならないわけでもないからだ。


 それに。




「アニキーー!! 次の球をお願いしますーー!!」


 エルナが棒を振り回している。

 作業で疲れ果てているはずなのに、やきゅうのこととなると限界を超えられるようだ。

 すごい執念だ。それほどの執念を持っていながら、やきゅうが下手なのは泣ける。



「よし。いくぞ」


 球を投げる。もちろんこれ以上ないほど遅い速度である。

 


「うりゃあああああああ」


 エルナが棒を振る。

 棒が球をかすめる。前へは飛ばずにうしろへと消える。


 またか。

 いつになったら球を打ち返せる日が来るのか。

 俺の知っている限り、一度たりともエルナが球を前に打ったことがない。


 セレシアですら遅い球なら、前に飛ばすことができるのに。職業を持っているのに致命的にセンスがない。悲劇といえば、これ以上の悲劇はないな。



「ぐぅぅ……」


 エルナが地面に棒を叩きつけて、口惜しがっている。

 

 これでせめて球を投げる方はまともだったら良かったのだが。

 投げる方も前に飛ばないのである。どうやったら腕を振って横に投げられるのか、逆に聞きたいくらいだ。


 

 ふむ。

 どうせ試合までやることもないし。

 エルナのくやしがる姿をみていると、なんだか世話を焼きたくなる。



「ねえねえ。今度は私に投げてよ。球を打つのはけっこうすっきりするんだよね」


「いや……」



 決めた。

 どうせ勝負に勝てないのなら、リーダーとしてするべきことがある。

 今回の勝負とは関係なくとも、エルナとは長い付き合いになるだろう。いつかは役に立つ日がくるはずだ。



「ん? アラン、どうしたの?」


「残り一週間。それまでにエルナが球を打てるようにする」


 勝負に勝てないのなら、せめて別の目標が持つべきだ。

 俺にはやきゅうを娯楽として楽しむのは無理だ。

 

 性に合わない。

 学生時代から娯楽とは縁遠い生活をしてきたからな。



 それを聞いたセレシアが首をかしげる。


「やれるの? 私がいうのも変だけど、エルナはこの村で一番やきゅうが下手なんじゃないかなぁ」


「気合いだ。やってやれないことはない」



 普通の人間なら、球を前に飛ばすのに気合などいらないのだが。

 とはいえ俺もこれから冒険者として成り上がりを目指す。上に行くためにはエルナの向上心は見習わなければければなるまい。



 俺はエルナの方へ歩き出す。

 エルナはまだ落ち込んでいる。立ち上がることもできないようだ。



「エルナ。スキルを使って棒をもう一つ出せ」


 エルナは顔をあげる。

 その目には涙がたまっている。今にも泣き出しそう。

 それでも手の甲で涙をぬぐう。



「……スキル発動……」

 

 空中から棒が降ってくる。

 掴む。ここ最近やきゅうばかりをしていたから手になじむ。



「よし。では俺と一緒に棒を振ろうか。お前が球を前に飛ばせないのは、打つ姿勢が悪すぎるのが原因だ」



 俺はやきゅうのことなど知らない。

 本当は誰かにやきゅうを教えられる立場にない。効率のいい練習方法も知らない。

 

 でも同じパーティーだ。

 一緒に頑張る権利くらいはあるはず。



「はい! アニキはやきゅうの天才ですからね!!」


 元気よくエルナが立ち上がる。

 勢いよく手に持った棒を振る。力の入りすぎだ。棒の軌道が歪んでしまっている。

 


「違う。こうだ」


 俺が棒を振る。

 ビシュと鋭い音が響く。エルナとは技術以前に腕力が違うのだった。



「わかりました! こうですね!!」


「違う」


「ではこう!」


「もっと力を抜け。さっきから全然変わってないぞ」


 ひたすら棒を振る。

 なんだか楽しくなってきた。





 それから一週間。

 俺とエルナは棒を振り続けた。


 その成果。

 なんとか一番遅い速度の球を前に飛ばせるようになった。

 ただ、それだけである。その他は一切の成長はない。


 やきゅうも下手だし成長も人一倍遅い。

 この程度の成長では、試合の役に立たないだろう。

 



 しかし、エルナがはじめて球を前に打った時。

 涙を流して喜んでいた姿をみると。


 エルナの長い人生にとっては、大きな一歩であったと思いたい。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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