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第五十二話 この試合は勝てない!

 テオドールと試合をするための仲間がそろった。

 セレシアとエルナ。あとはこの村の奥様たち。 

 

 さっそく今日の作業が終わったあと、皆でやきゅうの練習をはじめた。

 俺一人ならともかく、集団で戦うならば練習が必要となる。



 練習をはじめて三十分。

 悟らざるを得なかった。




 この試合、俺たちは勝てそうにない。




「アニキ! 球が速すぎて捕れません!」


「どうして捕れないんだよ。ものすごく遅く投げているぞ……」



 想像以上に仲間が……頼りにならなすぎる。



 仲間がそろった時点でそれはわかっていた。

 わかっていたが、俺の予想の上をいく運動能力の不足ぶりであった。


 


 エルナによると、やきゅうとは球を投げる人と棒で打つ人。敵味方に分かれて勝負するらしい。

 球を投げる人は打つ人から空振りをとったら勝ち。打つ人は球を前に飛ばしたら勝ち。


 俺は球を投げることにした。

 やきゅうで一番体力が必要な役であるからだ。


 球を投げる役はできるだけ速い球を投げて、打たれるのを避けねばならない。それこそがやきゅうで勝つための鍵。



 それなのに、みての通り。

 エルナが速い球を捕れないのであった。少しでも速くするとうしろに弾いてしまう。

 捕れるのはふわっとした誰でも打てるような速さの球だけ。



 エルナ。お前、自ら志願しておいてこれかよ。

 三分前の自信にあふれた姿はどこへ行った?


 かといって、他の人間に球が捕れるかというと……。

 セレシアに奥様たち。やる前から無理だとわかっている。



 勝てん。




「ち、違うんです! これは、その、球を捕る道具が壊れてしまって」


 嘘つけ。

 さっき職業「やきゅう選手」で取り出したばかりじゃないか。



 エルナは手に茶色い皮の道具をつけている。

 球を受けるのにその道具が必要らしい。確かに俺が全力で球を投げれば、かなりの威力になる。素手で受けるのは痛いだろう。



 エルナの職業「やきゅう選手」は、やきゅうのための道具を出すことができる。

 一日に出せる数は決まっているらしいが、二チーム分は余裕で出せるらしい。

 無から有を生み出すのである。俺の「ゆーちゅーばー」もそうだが、とても珍しい。すごいといえば、すごい職業だ。


 だが職業「やきゅう選手」のスキルはそこまで。身体能力を向上させるスキルは一切持っていない。便利なのか不便なのか。

 さすが変な職業で辺境に追放されるだけのことはある。


 

 つまりエルナが球を捕れないのは、単にエルナ自身の運動能力が足りないから。

 それでいいのか「やきゅう選手」。




「もっと! もっと遅く投げてください!」


 今度は限りなく遅い速度で球を投げる。

 もはや投げるというレベルではない。球を宙に浮かしているだけ。子供でも打てそうである。

 

 ぽすっという気の抜けた音と共に、球がエルナの手の中におさまった。

 この速度がエルナの取れる限界の速度。



「やりました! 球を捕れました!」


 満面の笑みで手を振る。

 成果が出ていないにもかかわらず、最高に楽しそうだ。まあ、そうだろうな。

 エルナにとっては、こうしてやきゅうをできるだけ最高の気分に違いない。



 これまで誰一人として、真剣にやきゅうをしてくれなかったのだから。



 そういう意味では、テオドールとの出会いはエルナにとって幸運だった。

 俺にとっては……面倒ごとが増えただけだ。

 確かに勝負の景品は魅力的ではあるが、それも勝負に勝てればの話。




 どう考えても、無理だ。


 テオドールは領主の息子。

 やきゅうは素人でも、運動神経のよい騎士をいくらでも仲間にできる。テオドール自身も運動神経は良さそうだ。

 勝てる見込みがない。まったく。これっぽっちも。



 俺が速い球を投げて、テオドールたちに一回も打たせない。

 そして俺が打つ。

 それで勝てる。理論上は。極めて都合のよい展開、妄想に近い希望的観測である。


 その願望に満ちた予想さえ、今終わった。



 この球の速度で打たれないはずがない。

 打たれまくって試合終了である。

 


 

 では他の仲間に期待したいところであるが、これも期待できない。

 というか、セレシアも奥様たちも試合を遊びとしか思っていないようだ。

 


 一応、少し離れた場所でセレシアと奥様たちがやきゅうの練習をしている。

 いや、嘘だ。本当は練習をしていない。おしゃべりしているだけである。


 最初こそ球を投げたり、棒を振っていた。

 しかしすぐに飽きて、おしゃべりをはじめてしまった。

 そもそも奥様たちには、やきゅうよりもおしゃべりの方が楽しいようだ。



「おたくのお子さん、大きくなったわねぇ」


「もう十歳だからね。そりゃ育つわよ」


「私もアランといつか子供を作りたいものだね」


 セレシアの奴。

 完璧に溶け込んでやがる。




 本来ならば叱り飛ばしてでも練習させるべきだろう。

 勝つのならそれが最善の手である。



 しかし。


 この惨状。とても今から練習して何とかなるような状況ではない。

 奥様たちに強引に命令することができる立場でもない。なにせ無償で協力してもらっているのだ。

 あくまでこの勝負は個人同士の戦い。村の危機でもない。



 よって、うん。

 どうあがいても勝負に勝てないのなら、いっそ純粋にやきゅうを楽しんだ方がいいのかもしれん。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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