第五十一話 辺境の村 やきゅう団結成
この村には、結婚している人間が多い。
ほとんどの男が王都にて学者をしていたからである。当然、家族も一緒に連れてこの村に移住してきている。
となると、夫と同じ数だけ妻も村に住んでいることになるわけで。
俺たちの家を取り巻いていたのは、その奥様たち。
なぜか若い人は少ない。貫禄のある女性ばかりである。
楽しそうにおしゃべりをしている。
だが、なぜわざわざ俺たちの家の前で?
俺たちを待っていたとしか思えないが、理由がまったく思いつかない。
「セレシア。あの人たちを怒らせるようなことをしたか?」
真っ先に思い浮かべたのはそれだった。
俺自身は奥様たちに嫌われることをした記憶などない。というか毎日作業に忙しく失礼なことをしている暇がないのだ。会うのはせいぜい食事の時にくらいだ。
強いていえば、ラージラビットの討伐を依頼したのは女性陣である。それにしたって感謝されることはあれど、家に押しかけられる理由にはならないだろう。
セレシアも条件は同じはずだが、こいつは作業をサボるのが上手だ。
俺の知らないところで奥様たちを怒らせてしまったのかもしれない。
例えば生意気な態度とか。あるいは年のことで悪い冗談をいってしまったとか。
「おぼえがないねぇ。小さいことならともかく、これだけの大人数で押しかけてくるとなると」
全員で三十人くらい……か。
少なく感じるかもしれないが、この村は約千人しか住民がいない。間違いなく三十人は大人数である。
セレシアでもないとすれば、背中で気を失っているエルナが原因か。
いやエルナは失敗した結果ならともかく、悪意を持った行為などするはずかない。こいつの性格には絶対の信頼がある。
奥様たちもただの失敗では、家まで押しかけてはこないだろう。
「ああっ! アラン君!!」
みつかってしまった。
あっという間に取り囲まれる。
戦闘能力の高い人間と対決する時のような、ひりひりとした威圧感はない。
が、別の意味での圧力がすごい。冒険者の俺さえ、一歩後ろに下がってしまうほどに。
「な、なにか問題がありましたか?」
隣をちらりとみる。
すでにセレシアは遠くへ避難してしまっている。
くそっ。ずるいぞ。また俺が苦しむのをみて楽しむつもりか。
「旦那から聞いたよ。アラン君は困っているらしいね」
……あ。
もしかして、やきゅうのことか。
「まったくだらしない男どもだねぇ」
「そうそう。アラン君にどれだけお世話になったと思っているのかしら」
「まったくだよ。息子も遊んでばかりだし。ちょっとは家事も手伝って欲しいものさ」
途中から愚痴のいい合いになってしまっている。
このままでは永遠に続きそうだ。それと、あなたの旦那さんはがんばっているぞ。ちょっとだけ体力が不足しているだけだ。
「それで……ええと。やきゅうをやってくれる人の紹介してくれるのですか?」
この村の住人、ほとんどの顔は知っている。
とはいえ直接言葉を交わしたり、一緒に作業した人の数はそう多くはない。
もしかしたら俺が知らないだけで、体力があって手が空いている人がいるのかも。
「まさかぁ」
奥様達の間で笑いが巻き起こる。
芽生えかけた希望が打ち砕かれたこと知った。はかない希望であった。
「旦那が頼りにならないから、私たちが参加しようと思ってね」
……。
ん? 今なんと?
「やきゅうって運動なのでしょ? 最近太り気味でねぇ。ちょっと運動してやせなくちゃって思っていたところなのよ」
「辺境の食材って王都よりも美味いのよ。ついつい食べすぎちゃう」
「昨日の夜なんて三杯もおかわりしちゃってねぇ」
再び奥様たちは仲間同士でおしゃべりは始めた。
女性はおしゃべりが大好きなのだ。特にこの辺りの年齢のご婦人方は。
「私も若いころは、モンスターを倒せるぐらい強かったのよ」
「嘘でしょう? あなたこの前、落ちている葉っぱをラージラビットと間違えて悲鳴をあげていたじゃない」
「えーと、皆さんは運動できるのですか?」
こちらから発言しないと、おしゃべりが終わらない。噂話をしているだけで、一日が終わりそうだ。
この女性たちだって暇をしているわけではない。日中は畑を作っているし、夜になったら村人たちの食事を作っている。
それなのに、これだけの元気が残っているとは。驚異的……なのかもしれん。
「子供を産む前まではね。そりゃもうイケイケだったわよ」
「私なんて旦那よりも動けていたわよ」
「そりゃ当たり前じゃないのよ。アハハッ」
うん。
頼りにならないことはわかった。
そもそも体型からして運動向けじゃない。
だが他にやきゅうをしてくれる人間は存在しない。
なんとか試合までにやきゅうを鍛えるしかないのか?
「ちょうど子供が遊べる場所が欲しかったのよ。森の中ではちょっと危険でねぇ」
「子供もアラン君と遊びたいといっていたわよ」
遊び。
うーん。遊びねぇ。
大丈夫かな。色々と。
「決まりだね。辺境やきゅう団の結成。」
いつのまにかセレシアが隣に立っていた。
本当に、こいつは。
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