第四十八話 女騎士に名前は不要
この村では食料以外の全てのものが不足している。
剣と鎧に関しては不足ですらなく、存在すらしないというべきだろう。
この村を見渡しても剣は十本ほどしかない。鎧にいたっては一着もない。
今はモンスターの討伐は俺だけでなんとなっている。だが村が発展していくなら、いつかは間に合わなくなる日がくるだろう。
そうなった時は他の冒険者を呼ぶか、もしくは村人がモンスターを防がなければならなくなる。
騎士のお古といえども、そこらで安ものを買うよりもずっといい。
性能が保証されている、妥協するはずがない。騎士は剣こそが商売道具なのだから。
俺自身も安ものの剣を三本しか持っていない。
もし剣が折れたら、遠くの街まで買いに行かなければならない。替えの剣はいくらあっても困らないのだ。
他二人は剣さえ持っていない。何度もいうが、お前ら本当に冒険者か。
そんなわけで、勝負の景品として提供される剣と鎧がとても欲しい。
やきゅうの試合をやってもいいかと思うほどに。
「セレシア。お前はどう思う?」
セレシアは政治的な能力に長けている。
試合を受けることへの損が上回るなら、忠告してくれるはずだ。
「ん。どうでもいい」
「どうでもいいってお前……」
「貴族と知り合いになる利点と欠点。同じくらいかな。ああでも、私としてはアランのかっこいいところがみたいから賛成するよ」
セレシアは貴族の前でも変わらない。
俺が変わらないのは礼儀をしらないだけ、セレシアは違う。知っていてあえて無視している。貴族には屈しないという意思の表れか。
「エルナは……」
「受けたいです! 受けたいです! 受けたいです!!」
聞くまでもなかった。
今のところ、村でやきゅうをしているのはパーティー内の二人だけである。
やきゅうを世界一にするなら、このチャンスは見逃せないだろうなぁ。
貴族のテオドールがやきゅうをやったからといって、世界一になれるとも思えないが。きっかけになる可能性はある。
そういえば、テオドールは会った時からずっと表情を変えない。無表情のままだ。
貴族は表情を変えないのが正しい態度なのだろうか。
無意味に俺の体にからみついてくるエルナを引きはがす。
やめろ。要求したいことがあるなら言葉に出せ。興奮しすぎだ。
「猫耳族ですか。珍しいですね」
女騎士がエルナの耳に興味を引かれたらしい。
そういえば、この辺境では猫耳族はほとんど存在しない。王都ではそれなりの人数がいたから意識しなかったが、現地の人間からすれば興味を引かれるのも無理はない。
俺たちが生まれるはるか昔には、人間と猫耳族の間に争いがあったらしい。
興味があまりないのでくわしくは知らない。現在は普通に隣人として暮らしているものあるが。
「それで返答をまとまりましたか? 彼女とイチャイチャするのは、ながめているとイライラします。やめてくれませんか」
イチャイチャなどしていないし、彼女でもない。こいつらはパーティーの仲間。
と、説明しても証拠が出せない以上信じてもらえないだろう。
そのかわりに試合への返答をすることにした。
「受けてやるさ。お前らとの試合を」
景品につられたと笑う人間もいるかもしれない。
しかし世の中の仕事は大抵そんなもんだろ。冒険者にしても報酬目当てにモンスターと戦うのだから。
うん。いいわけなのは、自覚している。
「逃げないことだけは認めてやる」
テオドールが偉そうにつぶやく。
最初は反発したが、いつの間にか別に腹は立たなくなってきた。
こういう人間だと思えばいい。女騎士の毒舌を聞きすぎたからかもしれない。
だが一つだけ疑問が残る。
「なぜそこまで勝負にこだわる? やきゅうが何かも知らないのだろ?」
「貴族たるもの、あらゆる勝負を受けて立つ義務があるのだ」
ここまでくると、テオドールが可愛くさえみえてきた。
いたなぁ。冒険者学園の後輩でもこんな性格の奴。冒険者は常に正しくなければならないと信じていた。悪い奴ではなかったが理想が高すぎた。
平民に相手にも義務を持ち出しては、疲れるばかりだろうに。
「では決まりですね。やきゅうのルール等はあとで使いのものを寄こします。っと、もう雨は降りやんでいますね。テオドール様、帰りましょうか」
雨はやんでいた。通り雨だったのか。
あれほど激しかった雨と風の音が嘘のように消えている。雲の合間からうっすらと日がさしている。
貴族の主従が背を向け、帰ろうとする。
その姿。やはりこの村には不似合いな二人組である。
「待て」
俺は女騎士を呼び止めた。
「あんたの名前を教えてくれないか」
聞くのを忘れていた。
間違いなくこの騎士は強い。強者の名前は聞いておきたい。
近いうちにもう一度会うわけだし。
「必要ありませんね。女騎士で結構です」
「だが……」
「テオドール様の警護をしていることは家族にも内緒にしているので」
不思議だ。
女騎士が毒説を吐くたびに、テオドールへの好感度があがる。
まさか。
それが狙いなのか。
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