第四十七話 殴り合い寸前
「アニキ! やきゅうの試合をしましょうよ!! これは運命ですよ!」
「しないぞ」
「ええーーー!? な、なんでですか!?」
エルナが俺の腕にしがみつき揺らす。
ものすごく子供っぽい仕草。お前、十八歳だよな。
気持ちはわからないでもない。
この村で積極的にやきゅうをやってくれる人間は存在しない。俺たちしたって、エルナの仲間だからやきゅうに付き合っている。
そこでやきゅうの試合をしてくれる人の登場。そりゃ嬉しいに決まっている。
だが。
「俺たちには遊んでいる暇はないからな」
貴族ならば仕事をしなくとも暮らしいける。
俺たちは平民で、しかも辺境暮らし。村の開拓はあまり進んではいない。やるべきことは無限にある。遊んでいる暇などないのだ。
そもそもこれから家の壁を補修しなくてはいけない。まだ雨は降りやまない。家が壊れたら、雨宿りどころではなくなってしまう。
貴族と無駄な会話をしている時間さえもったいないのだ。
「そんなぁ……」
みるみるうちにエルナがしおれてしまう。
少しだけ胸が痛む。しかし、こればかりは……。
「そこの男。逃げるのか」
テオドールの表情は変わらない。
何でもないことのようにさらっと口に出す。
「なんだと」
いささか以上にカチンときた。
挑発か。だがこの貴族の男が俺を挑発してなんの得がある?
では天然か。こいつがやきゅうを守ろうとする理由などない。
なんなんだ。やきゅうという言葉の響きが気に入ったのか。
しかし逃げるなどといわれたら、あとには引けん。
俺はこの男のことを知らない。それと同時に、この男も俺たちのことを知らない。
逃げるだなんだのと、いわれる筋合いはない。
領主の息子なら大抵の人間はへりくだるかもしれない。
だが俺は冒険者。貴族だろうが、無条件で頭を下げるもりなどないぞ。
俺はテオドールに近づきにらみ合う。
お互いに目を逸らさない。逸らしたら負けだ。
距離が近くなると、テオドールの姿がよりみえてくる。
俺よりも少しだけ背が低い。
年も俺とあまり変わらない。わずかに少年のおもかげが残っている。
「なに、くだらないことで喧嘩しているんだい?」
セレシアが面白そうな表情で笑う。
もめごとはセレシアの大好物である。
くだらないこと。
セレシアの言葉など聞き流すことが多いが、今回ばかりは違う。
まったくもって俺もそう思う。やきゅうで喧嘩するなんてどうかしている。
だがな。
男には決して決して引けない時もあるのだ。
「まあまあ、テオドール様。相手は平民ですよ。熱くならずともいいではないですか」
女騎士が俺たちの間に割って入る。
一人だけ全身に鎧を着ているので、横幅がある。威圧感もある。
「テオドール様にお仕えする騎士としては、やきゅうの試合は歓迎です。やきゅうがどんなものなのか知りませんが、その間はテオドール様が問題を起こさないので」
相当な毒舌である。遠回しに馬鹿にしているに等しい。
主君にこんなことをいっていいのか?
貴族の社会は知らんが、平民でも雇い主を馬鹿にしたら首になるぞ。
「本当は城に閉じこもっていて欲しいのですが。テオドール様は城を抜け出す技ばかり上達してしまって、困ったものです」
それでもテオドールは平然としている。
毒舌に慣れているのか。やっぱり馬鹿なのか。
男の名誉を主張しておいてこの態度。よくわからん。
変な主従である。
貴族ってこういうものなのか?
いや、さすがに違うだろ。よく知らんが。
「ともかく俺たちはやきゅうの試合など受けないぞ。明日も作業が待っているからな。決して逃げるわけではない」
最後の言葉を特に強調した。
つまらないプライドではあるが、男はプライドを失ったら生きてはいけない。
「では今から決闘で勝負をつけよう。ああ、剣を城に忘れてきた。では殴り合いでどうだ?」
こいつ。
どんだけ喧嘩を売ったら気がすむのだ。
涼しい顔をしやがって。怒っている感情がみえないのがまた。
ここまで挑発されれば、殴り合いの勝負を受けるしかない。逃げたら男ではなくなる。
やってやるよ。毎日肉体労働してきたのだ。
スキルなしの殴り合いなら、それなりに自信はある。
「おいおい。本当に殴り合う気かい? 貴族相手に?」
セレシアが俺の腕を軽く叩いた。
その感触が少しだけ俺を冷静にさせる。
「この村にいられなくなるよ。私としては好きな男と逃避行も悪くないけどねぇ」
「そうです。落ち着きましょうね」
女騎士が俺とテオドールの胸に手を置く。
大した力も込めてないのに動けない。この女、強いな。さすが貴族の護衛といったところか。
雨の中、全身甲冑で平然としてられるのは並みの鍛え方ではない。
「テオドール様。口喧嘩程度ならともかく、実際にこの男がテオドール様を傷つけるのはいけません。死刑にせざるを得なくなります」
「む。ではやめよう。領民を傷つけるのは本意ではない」
くそっ。セレシアの言うとおりだ。
頭に血がのぼって基本的なことを忘れていた。
どうもこの男には人を好戦的にさせる何かがあるらしい。
「そこでテオドール様と名も知らぬ平民様。お二人に提案があります」
冴えわたる毒舌。ついに毒舌がこちらにも向いてきた。
なんだよ。全方位なのか?
テオドールがこの女騎士に怒らないのは、慣れきってしまっているからか。
「やきゅうでの勝負に景品をつけましょうか。私どもに勝てたのなら、剣や鎧を差し上げましょう。使い古したものではありますが」
む。
「ああ、もちろん負けても何もありません。こちらの暇つぶしに付き合っていただくわけですから」
古い剣と鎧。
それは……ぜひ欲しい。
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