第四十六話 やきゅうの試合するぞ!
「だいたいテオドール様が自らこんな村までくる必要なんてなかったのだ。それをわざわざがんばっている村人を元気づけたいなどと、謎な理由で城を飛び出したりして……」
全身甲冑の女騎士の毒舌はとまらない。
よほどストレスを抱えているのだろうか。
「辺境にきたばかりのあなた方は知らないだろうが、テオドール様はこの地で有名な馬鹿。いつも思い付きで行動して空回りばかりなのだ」
なんだろう。
そこまでいわなくてもいいじゃないか。
会ったばかりで、この男のことは何もしらんのだが。
逆にテオドールを弁護したくなる。
とはいえ第一印象でわかることもある。
少なくともテオドールは悪人ではない。悪人は名も知らぬ冒険者の家に雨宿りにこない。
俺のような平民からみると、それで十分ではないかと思うが。
貴族には貴族の資質が求められるのだな。
俺は女騎士に返答する。
「安心しろ。馬鹿には慣れている」
こちとら毎日セレシアとエルナに振り回されているのだ。変人に対する耐性は高いぞ。
それに全身甲冑で話しかけてくるあんたも十分変人だ。
重くないのか。その鎧。足元に水たまりにできている。
「ほう。だがテオドール様の真の馬鹿具合を知るのはこれからだ。とはいえ今は骨のある男とほめておこう。」
なんだ、その評価は。
領主の息子を警護しているならば、この女は騎士階級だろう。
貴族もわからんが、騎士の世界もわからん。
わからんが、別にわかる必要もない。
「とにかくお前らは雨宿りをしたいのだろう? 雨がやむまでここにいればいい。それで終わりだ」
テオドールが貴族だろうが平民だろうが、関係ない。
雨宿りにきた人間を追い返すようなことはしない。ここは辺境の村。不足しているものはたくさんあるが、その分、住民は助け合わなければならないのだ。
朝まで雨はやまない可能性もあるが、食料だけは豊富にある。今さら二人増えても、寝る場所が狭くなるくらい。一夜なら我慢できる範囲だ。
そして雨がやんだらお別れ。
もう二度と会うこともないだろう。
つまりテオドールの性格など考えるだけ無駄。
今日会ったのはただの偶然で、俺たちの生活には何の影響ももたらさない。
しょせん領主の息子とは住む世界が違うのだ。
ところが。
そうはならなかった。
「やきゅうだと!? 面白い! 受けて立とう!!」
テオドールの大声が家じゅうに響いた。
は?
やきゅう?
「……はぁ」
女騎士がため息をつく。頭を抱える。
その姿が妙に似合う。これまでの苦労がすけてみえるようだ。
「またテオドール様の悪い癖が始まったな」
エルナが猫耳を揺らしながら走り寄ってきた。
俺の両手をつかみ飛び跳ねる。
「アニキ! すごいですよあの人!! やきゅうをするといってくれました!!」
お前、やきゅうへの勧誘をしたのか。貴族相手に。
下手したら無礼をとがめられて殺されるぞ。
いや、そもそも相手が貴族だとわかっているのか。この国に貴族が存在するくらい知っているよな。
「あんた正気か?」
それをあっさりと受けるテオドールもテオドールだ。
世間知らずのこの村の住人だって、誰もやきゅうをしなかったのだぞ。
テオドールは堂々と胸をはって立っている。
自らの行動に疑問など何もないといった表情。
うーん。
やっぱり女騎士がいった通り、この男は馬鹿なのか。
それとも相当な暇人か。どちらかだ。
「やきゅうが何なの知っているのか?」
答えは予想がつく。
俺でさえ、やきゅうのことをよくしらないのに。この男が知っているはずがない。
とはいえ可能性はゼロではない。案外貴族の間では流行っているのかも。俺たちが知らないだけで。
「知らん」
やっぱり知らないのかよ。
一瞬期待した俺が馬鹿みたいじゃないか。
やはりこの世界でやきゅうなんて、エルナの頭の中にしか存在しないのだ。
「だが男として勝負をしかけられた以上、受けねばならない!!」
テオドールが天に向かって指を差し示す。
ポーズだけはかっこよくみえる。
よくいえばまっすぐな性格。悪くいえば、考えなし。
大丈夫か。この辺境。
息子の代で滅びたりはしないよな。
「おい、貴族の決闘なんかと間違えてないか? あんたがやきゅうをしなければならない理由はないぞ」
会ったばかりだが、放置しておけなくなった。
この男は世話を焼きたくなるオーラをまとっている。
それとも、おれの性格が原因か?
セレシアとエルナ。二人も問題児の面倒をみているからなぁ。
ついつい世話を焼いてしまう。我ながら損すぎる性格である。
「無駄だ。一度決めたテオドール様はとまらん。なんたって馬鹿だからな」
女騎士の声には、九割のうんざりした感情と一割の楽しそうな感情が混じっていた。
ああ。もしかして。
この騎士も俺と似ている性格をしているのか?
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