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第四十五話 テオドールと女騎士

 この村に行商人がくることはない。

 辺境のうえに住民の数が少ないからだ。

 だから欲しいものを買うには、他の村に行くしかない。


 歩いて二週間もかかるが。


 だから俺たちも含め、ほとんどの村人は村を出たことがない。開拓でそれどころではなかったからだ。

 そうなると、金はあっても新しい服を買うことができない。

 必然的に住民の服はいささか古びてしまっている。


 だがそれらを差し引いても、この男が来ている服は別格であった。



 あの鮮やかな赤色。



 材料からして違う。普通の服は動物の皮で作られているが、この男の服は絹から作られている。

 おそらく服一着だけで、健康な馬が買えるほどの金額がするだろう。


 そんな高価な服を買える人間は、ほとんどが貴族である。

 この国の貴族は服をみるだけでわかるようになっているのだ。

 



「貴族ねぇ。なぜ貴族がこの村に? 私たちに用事があるとも思えないけど」


 セレシアが小声でつぶやく。

 腕を組んで余裕の態度。頼もしいような、そうでもないような。


 とはいえ、セレシアは正しい。問題はまさにそこだ。

 俺たちにもこの村にも貴族が興味を示す理由などあるはずがない。

 村長カストロがおさめたという税金の問題だろうか。いや、それにしても貴族自ら村にくるはずがない。




「わ、わ、わ。どうして貴族がここに!? ど、どうしますか、アニキ!」


 エルナが手足をバタバタさせる。

 俺は無意味に動きまわるエルナの肩をおさえる。


 

「落ち着け。動揺しては相手になめられる」


「は、はい!」


 たとえ相手が貴族だろうと、こっちが下手にでる必要などない。

 冒険者とは自由な職業。冒険者ギルドもあらゆる権力から独立している。貴族に頭を下げたくないから冒険者をやっている奴もいるくらいだ。


 モンスター相手だろうと貴族だろうと、なめられたら終わりだ。




「あの……アニキ。あの人はやきゅうをやってくれますかね?」


「それは知らん」



 なんだか。


 一気に力が抜けた。

 




 貴族の男が近づいてくる。

 もう一人の男の姿もみえてくる。貴族の男の後ろに付き従っている。


 

 その姿をみて、またも驚いた。



 二人目の男は全身に黒い鎧をまとっていた。

 靴から頭の先まで鎧におおわれ、顔がまったくみえない。

 位置関係からして、貴族の護衛だと予想がつくが。



 なんというか。

 滅茶苦茶……重そうだ。

 全身を雨に打たれて、重そうな鎧がさらに重そうだ。ガシャガシャと、足音さえ重苦しく感じる。


 わざわざ全身に鎧を着る必要性がどこにある?

 貴族の護衛である。腕は立ちそうだが、恐ろしいのを通り越して道化のようですらある。




 貴族の男が俺の前まできた。


 思ったよりも若い。

 貴族には珍しく体つきもがっちりしている。無駄なぜい肉もない。俺のみたことのある貴族は全員ぶくぶくと太っていたものだが。

 背は俺よりも低いが、それでも一般の人よりも高い。




「何者だ」


 剣に手をかけるか迷う。

 貴族と平民の見分け方は知っているが、実際に貴族と話した経験はない。

 どう接すればいいのかわからん。なめられず、かといって初対面の人間に喧嘩を売ってもしょうがない。

 


 ああそうだ。セレシアも一応は貴族なのだったな。

 まあ、あれは例外だ。領土さえ持っていないわけだし。





「領主の長男。テオドールである!!」

 

 舞台で男優がセリフを読み上げるがごとく。

 うるさいな。そんな大声をあげなくても聞こえているよ。

 

 偉そうである。領主の息子か。

 実際に偉いのかもしれないが、別に俺はこいつの家来ではない。




「それで領主の息子様が何の用だ」


 それこそが問題なのだった。

 ここには貴族の欲しがるようなものは何もない。

 俺たちはただの冒険者だ。貴族の欲しがるようなものを持っているはずがない。




「うむ。この村にきた途端、大雨が降ってきてな。雨宿りさせて欲しい」



 ……は?


 冗談だよな。

 領主の息子だったら豪華な馬車もあるだろうし、家来も多いはず。

 わざわざ俺たちの家に雨宿りなどする必要もない。



「村人たち驚かせるかと考えて、馬車は遠くにとめた。到着するまでに風邪を引いてしまう」



 もしかして。

 この男は馬鹿なのでは?

 セレシアとエルナで鍛えられた感覚が反応している。



 しばらくテオドールの次の言葉を待ったが、無言のまま。

 まるで石像のように動かない。



 やっぱり本気で言っているらしい。


 領主の息子なのだから、新しくできた村を視察にくるのはギリギリ許容できる。部下にまかせず自分の目でみたい性格なにかもしれない。

 だがそれにしたって、もっと計画性を持って村にこいよ。領主の息子の名が泣くぞ。




 あまりのことにセレシアもエルナも言葉が出ない。

 ズッコケなかっただけ上出来。



 容姿はセレシアと並ぶほど美しい容姿をしている。

 それなのに。残念だ。非常に残念である。


 



「テオドール様はこの辺境で有名な馬鹿なのだ」


 

 全身甲冑の騎士が近づいてきた。

 小さな声でひそひそと話し出す。



 この声。高い音程。

 女性の声だ。


 てことはこの全身甲冑の中身は女性!?

 甲冑を含めた体は、この場にいる誰よりも大きいぞ。



 驚かされた。今日はよく驚く日だ。

 短期間に三回とは。



「この村にきたのも突発的な思い付つき。後先考えることなく行動するのが、テオドール様の得意技なのだ。」



 女騎士はチラッとテオドールの方をみる。

 すぐに視線を外す。



「この調子では跡継ぎを廃されるのも時間の問題かもしれない。貴族だといって尊敬する必要などないからな。むしろ見下すのが正しい接し方」



 えーと。

 この人テオドールの護衛だよな。

 毒舌すぎませんかね?

ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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[一言] 女騎士様、ばっさり言い過ぎ。
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