第四十四話 領主の息子登場
ラージラビット討伐から数日。
俺たちは日常に戻っていた。
冒険者にとっての日常とはモンスターの退治である。
が、俺たちには逆。モンスター退治が特別なイベントで肉体労働が日常。不条理な話ではあるが、もうすっかり慣れてしまった。
そんなわけで。
今日も畑を作るための木を切り倒していたのだが。
作業の途中で突然雨が降り出してきた。視界が悪くなるほどの激しい雨。
当然作業は中止。雨がやみそうにないため、急いで家に帰ることとなった。
家まではかなりの距離がある。
激しい雨の中、俺たちは走ることになった。
雨をふせぐ道具など持っていない。この村は開拓中なのである。
家に到着するころには、すでに全身びしょぬれになってしまっていた。
幸いにも寒くはない。寒さを感じるような季節ではないからだ。
いやそれは体の大きい俺だからで、体の細いセレシアとエルナは寒いのかもしれない。
「いやぁ、濡れたねぇ。下着までびっしょりだよ」
セレシアが楽しそうに笑う。
その様子では寒さは感じてはいなそうだ。
普通の人間なら雨に濡れたら不機嫌になる。
それを楽しめるのはセレシアの強さなのかもしれない。あるいは変人の変人たる理由かも。
「エルナ。新しい服に着替えようか。このままでは風邪を引きそうだ」
「はい! やきゅうは体が資本ですからね!」
家にはセレシアたちの服が干してある。最近天気がくもりばかりで乾きが遅い。
王都では無人の家に服を干すなど考えられない。一日持たずに盗まれてしまうだろう。が、ここは辺境の村。顔見知りばかりである。
仮に誰かが服を盗んだとしてもすぐにわかる。
セレシアが上着に手をかける。
あわててその手をつかんだ。
「馬鹿。俺の前で着替える気か」
いくらパーティーの仲間といえども男と女である。
目の前で着替えるなど論外。パーティー内の最低限の規律は保たねばならない。
「いいじゃないか。いずれは夫婦になるのだから」
「夫婦にはならんし、仲間でもダメだ」
セレシアとはそれなりの付き合いの長さになった。
こんなふざけたことをいっておいて、少し時間がたてばけろりとしているのだ。
いつでもふざけているわけではない。普段はちゃんとみえない場所で着替えている。ここぞというところでからかってくるから、たちが悪い。
「そ、そ、そうですよ! 男性の前で裸になるなどあり得ません!!」
そのからかいに慣れていない猫耳族が約一名。
エルナは恋愛やエロに関して異常に潔癖だ。これは猫耳族の習慣だと思われる。学生時代そんなことを聞いたことがある。
昔の記憶なので、違うかもしれないが。
しかし、なんというかこの猫耳族。
すぐに赤くなったり、青くなったり。やきゅうに関しては必要以上にはりきったり。
体が小さいのもあって、小動物のようでみていて笑える。失礼なのはわかっているけれど、そう思えるのだからしかたがない。
「誰も裸になるとはいっていないけど? エルナは裸になるつもりだったの?」
「ええ!? そ、それは……」
二人でわーわー言い合っている。
この家における日常の光景であった。
「これから俺は壁の補修をするからな。邪魔するなよ」
以前屋根の補修をしたおかげで、雨漏りはしていない。
ただ壁は心配である。今日は雨だけではなく、風もある。家の中にいても雨と風の音が聞こえてくるくらいだ。もし壁が吹き飛んでしまったらこの家にはいられなくなる。
もっと頑丈になるように補修しなければ。
「アニキ! やきゅうしてもいいですか!」
こいつらには補修を手伝う気など、さらさらないらしい。
まあ下手に手伝われて、逆に壁を壊すよりずっといい。セレシアもエルナも不器用で、こういった仕事にはまるで向いてない。
「いいぞ。ただし俺に球をぶつけたらお仕置きな」
「ひえぇぇ」
エルナがおおげさな仕草でおびえる。
まあ勝手にすればいいさ。そもそも俺に断るようなことではないさ。
補修用の木を取り出し、壁の方へ歩き出す。
外をながめる。
雨はまだまだやみそうにない。今夜いっぱいは降り続きそうだ。
ふと、雨の向こうに気配を感じた。
雨と風の環境で人の気配など感じることなどできるはずもない。
では、冒険者の勘か。本能が危険をつげているのか。
「セレシア、エルナ。下がっていろ」
「ん? どうしたんだいアラン」
セレシアには気配は感じられないらしい。
無理もない。この二人は限りなく非戦闘員に近い。
バシャバシャと小さな音がしてきた。雨の中を走る足音。
勘は当たっていたようだ。この音からして相手は二人。
「誰かきたのですか?」
エルナが外に向けて目を細める。
また相手の姿はみえない。
「わからん」
本当は警戒する必要などないかもれない。
ただの村人かもしれない。
しかしこれは自分の意思とは無関係な、いわば習慣である。
冒険者学園で叩きこまれた習慣は死ぬまで抜けないだろう。
まず男が一人、雨の中から姿をあらわした。
一目みてわかった。
この男はこの村人の人間ではない。
貴族だ。
村人がこれほど上等な服を着ているはずがない。
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