第四十二話 ラージラビット鍋
楽しい時間というのは、すぐに終わるものである。
それが待ち望んでいた時間ならなおさらだ。
昼前にはラージラビットの討伐は全て完了していた。予定よりもだいぶ早い。
猟師ガストンの案内も素晴らしかったし、俺も調子に乗りすぎた。
成果自体は上々。
俺は無傷だし、見学していたセレシアやエルナも同様。ガストンなんてわざわざ言葉に出す必要すら感じられない。
それなのに、さびしさを感じてしまう。ああ、冒険者の仕事が終わってしまった。
次はいつモンスターと戦えるだろうか。
この感覚。
例えるならば、子供のころに祭りが終わってしまった感覚に似ている。
「さあ、今度は私たちの出番だね。ラージラビットからごちそうを作ろうじゃないか」
セレシアが踊るようにラージラビットの死体を運んでいる。
全部で百体はあるだろう。我ながらかなりの数のラージラビットを倒したものだ。
ガストンが大きな鍋やナイフを用意している。
まさに今からラージラビットの調理がはじまる。
つまり俺にとって楽しみなことは、他の人間には退屈なこと。
他の人間にとって楽しみなことは、俺にとっての変態行為でしかない。
誰でも知っている常識。
それを俺は目の当たりにしているというわけだ。
「うむ。この世界の誰も到達していない味を探そうではないか」
ガストンの声は興奮が隠し切れないのか、かなり上ずっている。
この人は顔が髭におおわれていて表情が読み取りにくい。そのために無表情に思われがちだが、実際は感情が豊かだよな。
あの年で好奇心が強いというのは、素晴らしいことなのではないだろうか。
俺といえば、特にやることもない。転がっていた丸太に座っている。
エルナも隣にいる。こちらはモンスターとの戦いが終わって疲れたのかぼんやりと空をながめている。
「さて、一般的にはラージラビットは食べられないとされている。肉には毒がある。うかつに食べると、死なないにしろ苦しむことになる」
「ふむふむ」
「だが儂が思うに、ラージラビットには毒のある部分とない部分がある。それを君の「偏食家」を用いることでわかるはず」
モンスター食派の二人が盛り上がっている。
こちらは完全に置いてきぼりである。別にあそこに混ざりたいわけでもないが。
あいつらの気がすむまで、俺たちは待っているしかない。
「そういえばエルナ。お前はモンスターを食ったことあるか?」
ぼんやりとしていたエルナがはっと俺の方をみる。
そして恥ずかしそうに下を向く。
「子供のころ、どうしてもお腹が減った時に食べたことがあります。でも、そのあとお腹を壊してしまって……。」
あー。
ゴブリンでも食ったのかな。
以前ゴブリン鍋を食った時、村長カストロは結構長い間苦しんでいた。
「あれはモンスターでなくて、単に腐っていたような気もします。それで……」
「もうそれ以上いわなくていい」
エルナも苦労しているのだな。悲しすぎるな。
それで変な職業をもらっても戦いに弱くても、前向きにがんばっているのだから評価してやらないと。
ガストンがラージラビットの死体を手際よく解体していく。王都の貴族ならば目をそむけたくなる光景かもしれないが、辺境にすむ俺たちは見慣れている。
その肉をセレシアは生のまま口に運んでいる。
うん。こちらは辺境の住民でさえ目をそむけたくなる光景だ。セレシアが美女なのが、醜悪だけでなく奇妙な美しさを加えている。
「偏食家」で何でも食えるとはいえ、生のまま食うことはなかろうに。
「こっちの部位は毒の味がするね。こっちも食べられない、単純に味が美味しくない」
「ふむ。ではこちらはどうだ」
あらゆる意味で子供にはみせられないな。
ここが森の中で助かった。
「……まあ、お前はよくやったよ」
俺はエルナに語りかける。
エルナの手には穴の開いた盾がある。俺が作った木の盾である。
もはや盾として使いものにならない。だがそれは同時にエルナたちが健闘した証なのだ。
今日の戦いで、俺もエルナたちも少しは成長したと思いたい。
「訓練としては満点だ」
「アニキ! ありがとうございます!!」
エルナがちょっとなみだ目になりながら喜ぶ。
やっと本来の元気さを取り戻したようだ。
しかし、あれだな。
この反応からして、褒められることに慣れてないのかな。
今度からは褒めて伸ばすことにしようか。
「俺たちは同じパーティーだ。一緒にがんばろう」
「はい!!」
「ここの部位は毒もないし美味しい。今日はこの部位を集めて鍋にしてみよう」
「ラージラビットの耳が食えるだなんて、儂も聞いたこともない。これは期待できそうだ」
現実に引き戻された。
どうやら食える部位の選別が終わったようだ。
ラージラビットの耳を集めて鍋にする? 正気か?
「ちょっと待て。鍋と野菜を用意する」
「フフッ。この鍋ならアランも喜んでくれるに違いない」
……は?
俺も食うの?
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