第三十九話 再び森へ
間違いなく初老の猟師ガストンは凄腕である。
毎朝、前日に狩猟した獲物を村人たちに分け与える。毎回十匹程度は獲物を持ってくる。
たった一人で。これは驚異的なことだ。
村が消費する肉の大部分をこの男が狩猟しているのだから。
しかも代償は要求しない。村がまだまだ開拓中だということで、猟師として無償で協力してくれているのだ。なかなかできることではない。聖人かと思うほどだ。
「猟師の儂にモンスターと戦えと?」
「場合によっては」
ガストンが豊かな髭を揺らす。髭には白いものが混じっている。
顔の半分をおおう髭のおかげで表情が読みにくい。ただまっすぐに俺の目をみている。
ガストンの弓の腕は一級品である。森にも慣れている。
セレシアとエルナを守ってもらう人間としては最適だ。
正直、過保護という気もしないではない。
あいつらも一応は冒険者学園を卒業した。口ではできないとわめいているが、意外に戦える可能性もある。
……でもなぁ。普段のあいつらをみていると無理な気がする。無理やりモンスター退治に連れ出して死なれでもしたら、一生後悔するだろうし。
「儂はモンスターとは戦わないと、いったはずだが」
モンスターと戦うのは気持ち悪いと。
猟師はモンスターと戦う職業ではないと、確かに以前一緒に森を捜索していた時にいっていた。
実際にその時ラージラビットと戦ったのは俺だけであった。
「モンスターを食べることに興味があるともいっていましたよね?」
そう、ガストロはモンスターを食べるために、わざわざ辺境の村まできたのだ。とても理解できないが、この村には理解できないこと多すぎる。深く考えてはいけない。
ともあれ、交換条件である。セレシアの「偏食家」は何でも食べることができる職業。モンスターを食べたいならば、大いに役に立つだろう。
「ふむ……」
「いいよ。やろうじゃないか」
ガストンが答えるよりも先に、セレシアが答えた。
セレシアもモンスター食に積極的なのだ。モンスター食というよりも全て。この世界の何もかもを味わいたいらしい。
うん。頭がおかしい。
「この村にきてから、モンスターを食べてないからね。ぜひ味見してみたいものだね」
「儂としても異存はない、ともにラージラビットを味わおうではないか」
さっそくの意気投合。
あんまりいい予感はしない。
ああ、できればこの二人は会わせたくなかった。
こうなることは目にみえていたから。だが、狭い村のことである。いずれは会っていただろう。
そう考えると、これも二人の冒険者としての成長のため。仕方がないことである、と思いたい。
猟師ガストンに案内されて、森の中を進む。
ガストンは森の中で暮らしている。当然この辺りの地理に詳しい。ラージラビットの巣の場所も見当がつくようだ。
「朝食は食べたか?」
前を向いたままガストンが聞いてきた。
「軽く」
森でとれた果物をかじったくらいだ。
久しぶりのモンスター討伐ということで剣などの手入れをしなければならなかった。
寝起きの悪い奴もいるし、朝から無駄にテンションの高い奴もいる。このパーティーの朝はいつも適当に食べている。
「そうか。儂はまだだ。モンスター退治にいく前に朝食をすませたい」
それはかまわない。
まだ朝。時間には余裕がある。仮に時間ぎれになっても明日に回せるだけの余裕はある。
「いやぁ。楽しみだね。さっさとラージラビットを鍋にして食べようよ」
セレシアは完全に機嫌を直していた。
こいつはもともとモンスターを恐れているわけではない。ただモンスター討伐に行くのが面倒なだけだったのである。ご褒美ができれば、何も問題はない。
問題はエルナの方である。
「はわっ!?」
エルナが地面に生えた木の根っこにつまずいて転びそうになる。
とっさに手を取って、体を支える。
「気を付けろ。本番では命取りになるぞ」
地面はぬかるんでいる。空をみても厚い雲におおわれ、いつ雨が降ってもおかしくはない。
それに加え、森特有の歩きにくさ。
気を張っていないと走ることすらままならない。
「す、すいません、アニキ……」
普段は滅茶苦茶に元気なかわりに、落ち込む時は徹底的に落ち込む。気分の差が激しいのである。
あるいはやきゅうに関することだけ無敵の精神力を持っている。といった方がいいか。
いつもはピンとはっている猫耳もしおれてしまっている。
この猫耳族は本質的にモンスターが怖いのだ。
冒険者としてあってはならことではある。過去トラウマになるような何かがあったのかもしれない。
恐れることは大切だが、恐れすぎては体が動かなくなる。
パーティーのリーダーとしてなんとか元気付けてやる必要がある。
俺はエルナの肩に手を置く。
そしてエルナの目をのぞき込む。ししてできるだけゆっくりと話しかける。
「今回の相手はラージラビット。下から数えるのが早いほどに弱いモンスターだ。まず勝てるだろうし、エルナ自分の身を守るのも難しくないさ」
「で、でもボクは学園では最下位の成績で……」
「俺が守ってやるから、恐れすぎるな」
エルナの顔がみるみる真っ赤になっていく。
くちびるが細かく震えている。
……。
あれ? なんだが違うな。
はげまし方を間違った!?
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