第三十七話 図書館(小)完成
夕方になり、作業が終わった。
すでにエルナは作業に疲れて気を失っている。まあ予定通りではある。
エルナを背負って歩き出す。たぶんエルナは背負われることを嫌がるだろうが、我慢してもらうしかない。さすがに雨が降りそうなのに放置はできん。
そもそも背負われるのが嫌なら、気を失うまでがんばらないでくれないか。
さて、セレシアを迎えに行こうか。
確かあっち方で図書館を建てているはずだ。
俺は建築に関してはまったく詳しくはない。
図書館を建てるのにどれくらいの時間が必要なのだろうか。小さい図書館を作るという話だから、俺が加工している丸太では大きすぎるかもしれん。
図面が読めないから、どんな図書館になるのか予測できない。不安な一方、楽しみでもある。
村の中を進んでいく。
約千人しかいないから、皆が仕事している時間にはまばらにしか人はいない。
静かである。
足元のぬかるみが気になる。水たまりも多い。
すでに靴は泥だらけだ。これ以上雨が降り続くと、まともに歩けなくなるかもしれない。
いずれは王都のように、地面に石を敷き詰める必要があるだろう。あれはあれで高い技術が求められそうであるが。
歩いているうちに、村人たちが集まっているのがみえてきた。
人ごみから少し離れてセレシアが立っている。美しく長い金髪をしているために、遠くからでもとても目立つ。
セレシアは自ら積極的に村人を交流しようとはしない。いつも一歩下がって、状況を観察している。
生まれ持った性格だろうか。あるいは特殊な育ちの影響なのだろうか。
もしかして俺には計り知れない感情を抱えているのかもしれない。
「あっ! アラン」
セレシアが嬉しそうな顔をする。この表情だけは、年よりも幼くみえる。
毎日会っている。なんなら一緒に暮らしているのに、この笑顔だけは変わらない。
俺といて何がそんなに楽しいのか。いまだによくわからん。
「図書館を建てる仕事はどうなった? どれくらい進んだ?」
「エルナは今日も潰れちゃったか。よくやるねぇ。健気だねぇ」
「聞け。人の話を」
セレシアの場合は完全にわざとである。
俺をからかって楽しんでいるのだ。これだからセレシアの境遇に同情する気がわかないのだ。同情されたいとも思ってなさそうだけれども。
「ああ、図書館の建設の話ね。もう完成したよ」
「は!? たった一日で!?」
いくらなんでもそれは無理だろ。木を切り出して、加工するだけで一か月くらいかかっているのに。
現に周囲を見渡しても、それらしい建物はない。広大な森が広がっているばかりだ。
「ほら、あそこだよ」
セレシアの視線をたどる。
確かに人ごみの中心に建物が立っているのがみえた。
だが、小さい。
住民の身長よりも少し大きいくらいの高さしかない。目立たないわけだ。
俺の身長と同じくらいだろうか。建物に入るのにしゃがまなくてはならないだろう。
もちろん王都にある図書館と比較するまでもない。
「いくらなんでも小さすぎだろ。あれじゃ図書館とは呼べない」
「まあ、そうだねぇ。一日で作った建物だからね、あんなものさ」
村人たちが図書館に本を運び込んでいる。
本の量。図書館の広さ。
とても中に入って本を読めるスペースは存在しそうにない。
「図書館というより、本の物置だな」
「フフッ。それはさすがの私も否定できないね」
この村最初の建物があれでいいのか。
それとも現状の実力にあった建物とほめるべきか。迷う。
しかもあの建物。
なんだか。
「セレシア。あの建物、傾いていないか?」
「傾いているねぇ」
セレシアが苦笑する。
図書館の屋根が遠くからみても傾いているのだ。
いや、大丈夫か? 倒れたりしないよな。
「完璧な図面があっても、加工した木材の寸法のバラバラだと。ああなってしまうのだね」
ふむ。俺たちのこぎりでおおざっぱに木を加工しただけ。
それ以上に部材の精度を求めようにも、道具がない。
また一つ今後の課題が見つかったということか。
喜ぶべきか、悲しむべきか。
「でも建物の頑丈さは保証するよ。逆にいえばそれしか取り柄がない」
村人たちはまたわいわいと議論している。
今回の失敗と成果。今後の課題について話し合っているようである。
セレシアが俺の方へ振り向く。
「でもさ、これは結構すごいことだよ。部材も設計図もあるとはいえ、たった一日で建物をたてるのはさ」
確かにそうだ。
この住民は興味があるところでは素晴らしい力を発揮する。
興味がないところはまったくの役立たず。その差が極端なのだ。
「私がいうのもなんだけど、この村にはすごく可能性があるよ。あとは村人の力を良い方向に束ねる人がいればなぁ。一気に発展するのだろうけどなぁ」
セレシアがちらちらと俺をみる。わざとらしい仕草。
口元から白い歯がみえる。ニマニマ笑っている。
「は? 俺はやらんぞ」
何度もいっているが、俺はただの冒険者である。
それに村を発展させるのはあくまでも手段。元パーティーに復讐するための手段でしかない。
人生をこの村にささげるつもりなどない。それは村長であるカストロの仕事だ。
「どうだろうね」
セレシアが顔を近づける。
顔の一部がくっつきそうなほどに近い。
「こういうのって自然に決まってしまうもの。本人の意思なんて関係ないよ」
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