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第三十三話 夕方からは休憩の時間

 単純な体力だけに限れば、おそらくこの村の一番は俺になるだろう。

 それでも朝から夕方まで働いてれば疲れないはずがない。特に今日は疲れた。のこぎりで木を加工するのは極めつきの重労働であったからだ。


 さすがに体が重く感じる。



 疲れ果てて気絶したエルナを背負っていれば、なおさらだ。

 


「かわいい寝顔だねぇ」


 隣を歩くセレシアが笑う。

 エルナの顔を指でつつく。


「これは寝顔とは言わん。疲れて気を失ったのだからな」


「じゃあなんて言うの? 疲れ顔? 気絶顔?」



 この女、俺よりも余裕がある。

 セレシアは手を抜くというか、自分の限界をよく知っている。限界以上は決して動こうとしない。

 強くはなれないかもしれないが、長生きはするタイプではある。



「知らん」



 逆に背中で気絶しているエルナはがんばりすぎである。

 気を失うまで体を動かすなど訓練には逆効果。まあ、根性だけは一流だとほめておこう。

 これほどの根性がありながら、なおも弱いのは何か原因があるのだろうか。普通ならばとっくに一人前の冒険者になっているはずだ。


 だが、どうだろうな。その過去を調べることは必要なのか。

 パーティーの仲間といえども知らなくてもいいこともある。




「……むにゃ。なんだかいい匂いがしますね」


 エルナが目を覚ました。

 さかんに鼻を鳴らしている。



「ああ、今日の作業は終わった。これから村の女性陣が作ってくれた夕飯を食べに行くぞ」


 日が暮れかかっている。

 俺たちだけでなく、村の住人たちも食事のための場所へと向かっている。

 皆で一緒に食事するのである。個々に食事を作るよりも効率的だ。


 俺たちだけで食事を作る時もある。

 しかし味は格段に劣る。俺は料理に関しての腕は素人だし、セレシアなんて食べられるものすら作らない。何よりも二人での食事は少々さびしく感じてしまう。



「それは楽しみです……あひゃ!?」


 ようやくエルナが背負われていることに気がついた。

 慌てて俺の肩から降りる。この時の動きは、まさに猫のように素早かった。

 


「ど、ど、どういうことですか!?」


「どういうことも何も、お前が潰れたから運んでいるだけだぞ」


 ここは辺境である。

 いつモンスターが襲っていくとも限らない。さすがに気を失ったエルナは放置できん。

 今のところ襲撃の事例はないが、将来もないとは誰も断言できない。



「それならセレシアさんが運んでくれても……」


 エルナは恥ずかしそうに身をよじっている。



 うーん?

 変に潔癖だなぁ。

 これが貴族や金持ちの箱入り娘ならば理解できる。だが俺たちは冒険者。

 体を背負うぐらいは許容してもらわなくては。

 

 無神経に他人にやきゅうをすすめたかと思えば、この潔癖。

 単純なようで複雑な人格なのか? それとも猫耳族のしきたりとか。


 

 セレシアは両手を広げる。


「嫌だよ。ただでさえ疲れているのに、君を背負って歩けるわけない。体力が必要なことは、体力担当に任せればいいのさ」



 体力担当って俺のことか。

 事実だから別にいいけどさ。



「でもセレシアさんは、アニキとボクがくっ付くのを嫌がっていたし」


「おいおい。私はそんなに器量の狭い女ではないよ。心がくっ付くのは許せないが、体を背負ったくらいでは怒ったりはしないさ」


 なおもブツブツと不満をいっているエルナ。

 

 正直、俺も付き合えん。

 冒険者ならこれくらいのことは普通にある。嫌でも慣れてもらうしかない。

 きっと冒険者学園でもパーティーを組んでくれる仲間がいなかったのだろうな。


 そう思うと。

 腹を立てるのを通り越して、同情したくなってしまう。





 機嫌を損ねていたエルナだったが、それも食事が出てくるまでの間のことであった。


 両手で持つような大きなお椀に野菜のスープが盛られている。

 肉も少しだけ。猟師のガストンのおかげだ。



 この辺りの森は非常に豊か。

 森の奥に踏み込まずとも食べられる植物は豊富にある。食べるだけならば、それだけで十分やっていける。


 とはいえ、冬になったらどうするか。

 食糧を貯蔵しなければならないが、方法はわからない。


 村人の中にはその道の専門家もいるだろう。

 その人の指示を仰ぐしかないか。俺では食べられる植物の選別に関しての知識としてあれど、どの植物が貯蔵に向くかまではわからない。



「うまっ! うまいですよ、これ!」


 エルナはガツガツとスープを食べている。

 素晴らしい食べっぷりだ。こちらまで気持ちよくなる。



 俺も一口スープを口に入れる。

 疲れた体にしみいる美味さ。お代わり自由なのが素晴らしい。



「私としては塩味がもう少しあった方いいね」


 セレシアが文句を言う。


「我慢しろ。ここは森の中だぞ」


 塩が取れるのは海岸。

 ここは海からはるかに遠い。塩は貴重品なのだ。



 王都で暮らしているとその辺りの感覚が薄れてくる。

 国の中心は王都であり、金さえあれば手に入らないものはない。また庶民でも比較的安く地方の物産を買うことができる。

 そういった恩恵は王都で暮らしていると忘れがちになる。辺境で暮らすとかつての自分たちがいかに恵まれていたのか実感する。




 しかし。

 なごやかな食事風景。


 村の住民たちがたき火に集まり、楽しそうにおしゃべりをしている。家族で集まっている人たちもいる。

 開拓はまだまだ進んでいないが、この風景だけは平和そのものである。



 この住民はスローライフをするために、この村を開拓した。



 その理想がこの瞬間だけは実現しているのか。




 食事に夢中なエルナに話しかける。

 村に来たばかりの猫耳族に印象を聞いておきたかった。


「なあ、お前はこの村でスローライフが実現すると思うか?」


 

 エルナの手に持ったスプーンの動きがとまる。

 しばらく黙って、言った。



「しますね! たぶん!」


 そしてすぐに食事に戻る。

 


 笑えてくる。

 こいつ。何も考えてなかったな。

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どうかよろしくお願いします。

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